元セブン&アイ・ホールディングス(HD)代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)の鈴木敏文さんが5月18日に亡くなった。コンビニエンスストアを確立、日本の流通に革新をもたらした功績は言うまでもない。ただ、名誉顧問として一線を退く経過だけでなくグループの祖業でありGMS(総合小売業)を担ったイトーヨーカ堂の動向を見ると、見舞った変化の大きさがうかがえる。
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セブン‐イレブン・ジャパンは高い効率を保って国内のコンビニエンスストアをリードし続けており、グループとして海外で成長戦略を描いている。そうした礎を築いた鈴木さんがセブン&アイHDのCEOなどを辞任することを表明したのは16年4月。取締役会を取りまとめることができなかったためとされる。辞任を表明する会見が、否決された人事案の正しさを主張する不可解な内容だったことは印象的だった。鈴木さんの強力なリーダーシップの一方で、だからこそ交代が難しかったことが示された。
ヨーカ堂は現在、米ファンドのベインキャピタル傘下に転じたヨークHDの子会社となり、GMSの多くを閉店もしくは業態転換して首都圏を中心とした食品スーパーとして再成長を目指している。鈴木さんは92~03年にヨーカ堂の社長を務め、以降も05年までは代表取締役会長兼CEOとして率いた。
売り上げ規模は2番目だが、効率的で衣料品を売るGMSだったヨーカ堂が変調した時期に重なる。もちろん陰りが顕在化したのはヨーカ堂だけでなくGMS全般だったから、瑕疵(かし)があったとは言えないが、そのリーダーシップのもとで取り組まれた再建策は成果を出すことができなかった。鈴木さんが退いた16年以降もGMSとしては復活できず、資本関係も変わることになった。取り巻く環境の変化が大きかった。
(田村光龍)