エアークローゼット天沼代表取締役社長兼CEO パーソナルスタイリングを選択肢の一つに

2020/09/13 06:29 更新


【パーソン】エアークローゼット 代表取締役社長兼CEO 天沼聰さん パーソナルスタイリングを選択肢の一つに

 日本で月額制ファッションレンタルという市場をゼロから作ってきたエアークローゼットが、コロナ禍でも健闘している。国内初の月額制オンラインファッションレンタルサービス「エアークローゼット」は今年2、3月に新規登録者数が増え、その後はレンタルで試してから購入できる販売着数も伸びている。昨年に単月黒字化を達成してIPO(新規株式上場)も見据えている同社に、改めて事業への思いや強みを聞いた。

ワクワクする時間を増やしたい

 ――どうして起業しようと思ったのですか。

 学生時代にアイルランドやロンドンで寮生活やチームスポーツを経験してきたこともあって、もともと個人の強みを掛け合わせて一人ではできないことを達成したり、チームや組織で信頼関係を築くことが好きでした。社会に対するインパクトも残したいと、この頃から起業したいと思っていました。

 大学卒業後に帰国して、社会人としての基盤を作るためITコンサルティングファームに入社、事業会社としての目線を持ちたいと楽天に転職しました。そしてコンサル時代の同僚と3人で起業しよう!と事業のアイデアを考えているなかで「エアークローゼット」が生まれました。

 ――起業ありきだった。

 そうですね。ただ、スキルや人脈を生かして起業するという手法ではなく、自分たちが実現したいことを明確にして、それを達成していく道を選択しました。

 まず「ライフスタイルを豊かにできる事業」を前提にして、誰もが平等に与えられている「時間」に着目しました。面倒くさいと感じている時間を少しでも楽しくしたり、忙しくて諦めていたものを体験できるようにして、1分でも1秒でも〝ワクワク〟する時間を増やすことができれば、ライフスタイルの底上げにつながるんじゃないか。そう考えたのが始まりです。

 そして時間の使い方で悩んでいる方は誰だろう? 本当はしたいのにできないことや、面倒だと感じていることは何だろう?と突き詰めていきました。そして、働く女性や子育てする女性たちは新しい洋服を買いに行ったりトレンドを調べたりする時間がなく、「新しい洋服との出会い・体験」を諦めていたり、もっと簡単に楽しみたいと感じているのではないかという仮説になったんです。

 ――なぜファッションを。

 創業メンバー3人ともファッションには疎く、SNSのフレンドリストには誰もファッション業界の人がいませんでした。なので最初は衣食住を意識していましたが、ファッションが最も人を〝ワクワク〟させられるという結論になりました。

 気に入った洋服を着ていると、朝に袖を通した瞬間から、街中でふとガラスに映った自分の姿を見たとき、誰かと会話している最中、家で脱ぐ瞬間まで、ずっと幸せな気持ちにさせてくれる。それほど人の心に密接したものはファッション以外にありません。私たちもファッションに疎かったぶんだけ、新しい洋服に出会ったときの喜びが大きいのを体感できていたのも大きいです。

 ――業界に入って感じたことは。

 当たり前のことかもしれませんが、ファッションへの思い入れが強い方が多く、とても魅力的な業界であることは想像通りでした。しかしITの利活用がまだまだ進んでおらず、クリエイティビティーを残す領域とそうでないもののバランスをどうとるのかが重要だなと。

 当社もテクノロジーを活用していますが、サービスの核となっているパーソナルスタイリングはプロのスタイリストの感性を重視しています。一人のユーザーに対して必ずイチからコーディネートを組み立てて提案していて、過去の他のお客に提案したコーディネートセットをそのまま提案するということはありません。一方で膨大な商品のなかから提案するアイテムを検索したりピックアップしやすいように、データを活用したり、システム化は進めています。

オンラインで『パーソナルスタイリング診断』も公開。月間100万PVを突破した

 ――ファッション業界が魅力的とは。

 サービスを始めて2、3年目くらいでしょうか。今もなお最もうれしかったエピソードがあります。一人のユーザーが商品返却時にお手紙を書いてくださったんです。その方は体調を壊して仕事を退職して、家に閉じこもる日々を過ごしていたそうです。このままじゃいけないと奮起して、人に会うための準備として当社のサービスをご利用いただきました。そこで提案させていただいたコーディネートがとても気に入り、外に出たり、友人と会うきっかけになり、「ありがとう」という内容のものでした。

 まさにファッションのなせる業だと強く感じました。人の心にここまで影響する産業はほかにないと思いますし、人生をも変える力がある。

 確かに、ファッション市場は今回のコロナ禍で、3年くらいは日本経済とともにシュリンクするとみています。しかし生活に必要不可欠なものであることに変わりません。当社のサービスとしては、伝え方、届け方を工夫して、生活になくてはならないサービスとして浸透させていきたいと考えています。

おしゃれの可能性を広げる

 ――サービスの軸は。

 一貫してパーソナルスタイリングを大切にしています。それには大きく二つの価値を提供できると考えているからです。

 一つは、「なりたい自分像に対して、もっと簡単に自己表現しやすくなる」ということ。企業の重役や海外のセレブリティーがスタイリストをつけているように、セルフブランディングの裾野をどんどん広げていきたい。もう一つはアウトソーシングの考え方です。自分自身でファッションやブランドを時間をかけて勉強しておしゃれになるプロセスを、任せていただくというものです。時間の価値が高まるなかで、自分で考えるおしゃれの範囲外の可能性を試すことができます。

 月額制のサブスクリプションモデルなので、最初の3カ月くらいで気に入っていただければ、それ以降もずっと継続していただき、生活に取り入れてくださる方が多いです。「やっぱり自分で選んだ方がいい」と思われないように、スタイリストとユーザーのコミュニケーションをもっと濃いものにしていきたいと考えています。

 ――開始から5年半の手応えは。

 まず市場としては、もっと広がる可能性があると考えています。アメリカではスタイリングサービスのスティッチフィックスの時価総額は成長していますし、ファッションレンタルのレント・ザ・ランウェーは会員数が1000万人を突破するなど、盛り上がっていますので。日本でもレンタルやパーソナルスタイリングの文化をどこまで根付かせることかできるか。

 今まではレンタルして試してから購入できるという「お試し消費」と、パーソナルスタイリングの「おまかせ消費」の二つで訴求してきました。消費者のマインドに合わせて、洋服を捨てずにシェアするというシェアリングエコノミーやサステイナビリティー(持続可能な)という観点からも魅力を伝えることに力を入れています。そうすることで、お客の消費の選択肢の一つとして常に検討していただくサービスになれれば。

 もちろん、サービスの中身についてもまだまだアップデートの余地があります。この間、レディスアパレルだけでなく、アクセサリーにもカテゴリーを広げたり、サイズでお悩みの方に向けたサービスなども始めています。

 ――新型コロナウイルスの影響は。

 利用状況としては、気軽に買い物に出かけられなかった2~3月は新規登録者数が2~3倍に増えました。緊急事態宣言発令後は外出自体の機会が減ったため伸びが鈍化しましたが、レンタルしてから購入するケースが増えていて、6月の販売着数は1月との比較で1.5倍になっています。オンラインサービスのニーズは着実に高まっています。

 外出機会が減ったことに引っ張られて解約も多くなることも考えられましたが、ほとんどの方が継続しています。これまで一貫してきたパーソナルスタイリングへの手応えも感じました。ユーザーは生活環境が変わり、「気持ちが明るくなる服が欲しい」「テレビ会議にどんな服を着ればいいのかわからない」「急にイベントが中止になったからやっぱりカジュアルな服が欲しい」といった要望がたくさんきました。これまでは全身のコーディネートを提案することが原則でしたが、トップだけを3着送るといったように、臨機応変な対応が求められました。創業6年というタイミングでこうした未曽有の危機を経験できたことは、ひとつの学びだと捉えています。

 消費者のファッションへの価値観は変わるかもしれません。自己表現としての意味合いが強かったものが、これからは自分の気持ちを切り替えるものとしての役割が高まりそうです。「在宅勤務で朝に着替えずに過ごしている自分に嫌気がさした」と新しくサービスを利用するユーザーも増えています。

あまぬま・さとし 千葉県出身。ロンドン大学を卒業後、帰国してアビームコンサルティングに入社、IT・戦略系のコンサルタントとして従事。11年に楽天に転職。〝ワクワク〟が空気のようにあたりまえになるライフスタイルを提供することをビジョンに、14年7月にエアークローゼットを設立。41歳

■エアークローゼット

 14年7月にノイエジークとして創業、15年6月にエアークローゼットに社名変更した。国内初の月額制オンラインファッションレンタルサービス「エアークローゼット」を14年10月に発表、15年2月にサービスを開始した。好みやサイズを考慮してプロのスタイリストが洋服のコーディネートを届け、ユーザーはレンタルして気に入ったものは購入することができるもの。リリース開始から約5年半で会員数は30万人を突破。スタイリストが選んだ商品5点が自宅に届き、試着後気に入ったアイテムを購入できる提案型ファッションEC「エアークローゼット・フィッティング」、客が自分で試したい商品を選択できる月額制レンタルモール「エアクロモール」なども運営している。

《記者メモ》

 同社のビジネスは「国内初」がつくものが多く、日本で市場をほぼゼロから作ってきた。次第に「レンタル」や「サブスク」がファッション業界にとってもトレンドワードになり、大手やベンチャーを問わずに同様の新規ビジネスが出現しては消えてゆくなかでも存在感は大きいままだ。

 時代に合わせてシェアリングエコノミーやサステイナビリティーの切り口でもアピールしながらも、サービスの軸のパーソナルスタイリングをぶらすことなく、本質的に提供できる価値を追求しつづけている結果だと思う。

 天沼社長は小学校5年生で父が他界して、「人生は何が起きるかわからない」ということを強く実感。その後、稲盛和夫氏の「人は何のために生きるのか、何を成し遂げるのか」という考えに共感したという。近い将来、パーソナルスタイリングやファッションレンタルが消費者にとって当たり前になっている時代が楽しみだ。

(藤川友樹)

(繊研新聞本紙20年8月7日付)

関連キーワードパーソン



この記事に関連する記事

このカテゴリーでよく読まれている記事