《センケンコミュニティー》ファサードに時代を映す
繊維・ファッション業界には実は、魅力的な建築物がいくつもあります。日本の繊維産業の隆盛を今に伝える重厚な近代建築に、セレクトショップなどが入居するレトロで趣きある建物。また、1980年代に有名建築家が設計したアパレル企業のオフィスビルは、未来への希望を感じさせる豊かなデザインが心をひきつけます。変化の激しいこの業界の中で、そこに在り続ける建築物のファサードは、いつも時代を見守っているのです。
- ヤマトインターナショナル東京本社
- ワコール麹町ビル
- 綿業会館
- 芝川ビル
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■ヤマトインターナショナル東京本社 不定形な造形が生み出す変化
東京都大田区平和島にある、ヤマトインターナショナルの東京本社。たくさんのパーツが階段状に連なった、複雑かつ個性的な外観は見る者に驚きを与える。テーマは「自然をうつし出し、時とともに変化する建物」。あえて不定形な造形を使い、家並みや風景のような様相の変化を取り入れたという。ガラスに施されたエッチング模様も、窓から見える風景によって1枚1枚異なる。
盤若康次社長(当時)は、「ただ単に実用的なものだけを提供していたのでは、ファッション企業としての役割を果たせない。自らが遊び心、文化を理解していないとファッションを発信することはできないので、まずはそういう空間の中にいるべきである」と考えていた。オフィスビルという枠を超え、文化とファッション、自然とコミュニティーが共存する建物として87年に完成した。
平和島の約6600平方㍍という広大な敷地に建てられた同ビルは、ユニークな外観が注目を浴び、数々の建築賞を受賞。伊丹十三監督の映画「マルサの女Ⅱ」ではロケ地として取り上げられたという。設計は、京都駅ビルや梅田スカイビルでも知られる建築家の原広司氏。
・完工年=1987年
・設計者=原広司氏
・構 造=8階建て(鉄骨鉄筋コンクリート)
写真=平和島の約6600平方㍍という広大な敷地に建てられた
■ワコール麹町ビル 皇居近くにたたずむ80年代建築
東京都千代田区麹町にあるワコール麹町ビルは、建築家・黒川紀章氏が設計したものだ。日本の美や文化を大切にしているワコールの、過去と現在、そして未来を感じさせるデザインとなっている。
近くで見るとシンプルだが、少し離れて見ると、9階部分の窓の円形パターンが非常に印象的な建物だ。これは、幕末に出版された天文書『遠西観象図説』の中に出てくる、地球と太陽の関係を表した解説図が元になっているそう。9階は見晴らしも良く、窓からは皇居を眺めることができる。
また、玄関には未来に向かって飛ぶUFO(未確認飛行物体)のモニュメントがある。60年で1周する十干十二支の始まりの年に完成したことから、玄関の定礎にも「甲子弥生」と書かれている。
ワコールの創業者・塚本幸一氏は、様々な会合を通じて黒川氏の才能を高く評価していたことから、設計を依頼。黒川氏はビル発表の際、「東京の中心に位置するワコール麹町ビルは機械と人間が幸せに共生していたあの19世紀の時代の暗喩でもある。そして、このビルに込められたデザインの思想は、これからのワコールの世界戦略の旗印にもなるはずである」とコメントしたという。
・完工年=1984年
・設計者=黒川紀章氏
・構 造=地下1階、地上9階、塔屋1階(鉄骨鉄筋コンクリート)
写真=9階部分の窓の円形パターンが特徴的
■綿業会館 華麗で多彩な内装スタイル
紡績をはじめ繊維関連企業が多く軒を連ねる大阪・本町エリア。その一角にたたずむ重厚な石造りの建物が綿業会館だ。日本綿業倶楽部の建物として、1931年に完工、近代美術建築の傑作として、03年には重要文化財に指定された。
戦前には満州事変で有名なリットン調査団が来館。現在でも様々な会議、イベントの場として使われている。来賓の好みに応じた部屋を選んでほしいとの思いから、各部屋異なるスタイルを採用した内装が特徴的だ。
イタリア、ルネッサンス調の玄関ホールでは、綿業倶楽部設立の礎となった岡常夫氏の銅像が出迎える。3階の談話室はイギリスルネサンス初期のジャコビニアンスタイルで、壁面には京都泉湧寺の窯場で焼いたタイルタペストリーが並ぶ豪華な作り。
アンピールスタイルの会議室は通称「鏡の間」とも呼ばれ、床石はアンモナイト化石が入った天然石だ。そのほかアダムスタイルの大会場や、クイーンアンスタイルの貴賓室など、優雅で高級感のある部屋が多い。なお綿業会館は会員制の日本綿業倶楽部の建物のため通常は入場に制限がある。毎月第4土曜日には有料の館内見学ツアーを実施している。
・完工年=1931年
・設計者=渡辺節氏、村野藤吾氏(ヘッドドラフトマン)
・構 造=地下1階、地上6階、塔屋(鉄骨鉄筋コンクリート)
写真=歴史を感じさせる外観
吹き抜けで開放感のある玄関ホール
重厚な雰囲気の談話室
■芝川ビル マヤ・インカ装飾のレトロビル
御堂筋から1本東へ入ったオフィス街、大阪市中央区伏見町にあるのが、芝川ビルだ。レトロな外観は周囲の目を引く。おしゃれなセレクトショップ、時計や帽子、アクセサリーや飲食店などが入居する。4階のレンタルスペース「芝川ビルモダンテラス」は、年2回のマルシェ「芝川イチ」や夏期限定のビアガーデン、期間限定のライトアップでにぎわっている。
施主は、大阪を中心に不動産経営をしていた芝川又四郎氏。唐小間物商(貿易商)だった又四郎氏の祖父が、この地で商売を営み、本邸を構えていたのがきっかけだ。又四郎は、耐震・耐火に優れた建物にしたいと、まだ周辺は和風の木造家屋が多い中で、鉄筋コンクリート造り、地上4階、地下1階の芝川ビルに建て替えた。延べ床面積は約1626平方㍍。
特徴はビルの随所に見られる南米マヤ・インカの装飾。施主の趣味を反映したと言われ、施主がビル工事中に米国を視察旅行した際、古代中南米に関して見聞きした可能性や、1923年の帝国ホテル完工時に、米国人建築家F・L・ライトの影響を受けた可能性があるとみられている。
・完工年=1927年
・設計者=澁谷五郎氏(基本計画・構造設計)、本間乙彦氏(意匠設計)
・構 造=地下1階、地上4階(鉄筋コンクリート)
写真=大阪近代建築の代表的な存在(撮影:増田好郎)
南米マヤ・インカの装飾