「ビューティフルピープル」デザイナーの熊切秀典さん
《小笠原拓郎の聞かせて言わせて》
20年にわたって、国内外のコレクションを見続けてきた繊研新聞・編集委員の小笠原拓郎が、いま気になる人を直撃する新企画です。第三弾は、「ビューティフルピープル」デザイナーの熊切秀典さんにお話を伺いました。
ビューティフルピープルが、トラッドから離れて新しいエレガンスを模索している。サンローランやディオール、ヴィオネといったクチュールメゾンの物作りを研究しながら、それをブランドのフィルターを通して今のバランスに仕上げている。トラッドという一つの様式美をどう変えていくかというロジカル(論理的)な物作りから変わっていくことは、熊切秀典に新たな課題を突きつけている。クリエーションの背景とブランドの方向性を聞いた。(小笠原拓郎編集委員)
自分も何か新しい切り口を探さなきゃ
小笠原 ある女性編集者の「私はゲイか女性のデザイナーしか信じない」という言葉が心に残っているんです。なるほどなって思う半面、でもなって思うところもあって。ゲイや女性のデザイナーは、その時々の女性の気分を軽やかに取り入れますよね。
でも、ストレートの男性デザイナーはそうはいかない。ビューティフルピープルは近頃、作り方を変えていますね。昔はトラッドをベースにして、シーズンごとにやや違う切り口を入れる作り方をしていました。ロジカルに作っているから、女心が分からなくてもできる。でも、最近はトラッドから少し離れています。それは新しい挑戦です。男には分からない、女心の領域に踏み込んでいくわけだから。
熊切 最初の頃は確かにロジカルにやっていました。トラッドなものをキッズサイズに落とし込んだ時、どうやったら女の人がスリムに見えるか、どうしたら気持ちよく感じてもらえるかといったことを意識していた。その頃はコンセプトで悩むことはほぼありませんでした。
ただ、自分もお客さんも成長してきたし、世の中の流れもあります。女性デザイナーが作る服のことは、うちの女性スタッフもみんな好きです。そういうブランドを見ていて、自分も何か新しい切り口を探さなきゃなという気持ちがあったんです。
キッズをやっていた頃は、テーマが非常に明確でした。ちょうど周りに子供が生まれるタイミングで、僕にとってもすごくリアルだった。今はそういうリアルさは無くなってきていますが、女の人が考えるリアルをなんとか理解しようと一生懸命やっています。
でも、独りよがりになるのは嫌だし、テクニックを見せつけるのも僕はそんなに好きじゃない。そのバランスを見つけるのが難しくて、テーマで迷うことが最近多くなってきています。洋服を作りながら女性の気持ちを理解していこうと、デザインチームに女性をたくさん入れて、ディスカッションしながら作っています。
着た時に感動があるものを作る
小笠原 デザインに対する考えの変化の中で、13~14年秋冬はイヴ・サンローラン、16年春夏はムッシュ・ディオールへのオマージュを感じました。クチュールメゾンから発想していくやり方には、どんな考えがあるんですか。
熊切 13~14年秋冬は、「ホール・ロット・ラブ」がテーマでした。イヴ・サンローラン自身や彼の服って、本当に愛にあふれていたなと思って。日本人の男がラブって言うのは気恥ずかしいんだけど、テーマを変えていかなきゃという思いもあって、あえてやりました。
16年春夏は、その前のプレスプリングコレクションでビンテージに焦点を当てていたことから、昔ながらのカッティングをもう一度よく見てみたんです。今となっては多くのデザイナーがまねしていて、使い古されてしまったカッティングです。そしたら、多くのものがディオールに由来していた。
もちろんヴィオネなどがやったものもありますが、ディオールがやっていたことが一番男っぽいと感じたんです。それで、今ではみんなが使っている常套(じょうとう)手段といった意味で、「オールド・トリック」をテーマにしました。ディオールって、服装史的にコルセットにもう一度振り戻したところがあると思うので、僕ももう一回振り戻さなきゃなとも思って。この流れから、16~17年秋冬はバイアスカットへと向かっています。
小笠原 16年春夏のシーズン全体として、それまでのエフォートレスな感覚が弱まって、覚悟をして服に向き合うといったスピリットがありました。だからクチュールテクニックを取り入れて作るという考え方には納得した部分があります。聞いていて感じるのは、女心はもちろん理解しようとしているんだけど、やはりテクニック、布の裁ち方や流し方で自分のクリエーションを発信しようとしていますね。
熊切 そこはやっぱり変わらないですね。そこで見せるしかないですから、裁断の仕方はすごく考えます。ただ、素材開発の時は女心をすごく大事にしています。着て気持ちがいいかどうかです。メルトンもがっしりとは作らない。トレンチコートのツイルも柔らか。見た目はオーソドックスだからあまり気付かれないだろうけど、買った人は感じてくれていて、「女心が分かっている」と思ってくれている。男がやっていると思われないのが理想です。
着た人の声を集めていかないと、うちのブランドはなかなか伝わらないと思います。見た目で分かりやすくはないし、写真に撮ったら結構普通だから。もしかしたら、ジャーナリストが思うブランド像と、買ってくれている人が感じるブランドとの間には、ちょっと差があるのかもしれない。ただ、その両方を自分では楽しんでやっています。
うちは、トレンチコートとライダーズが全体売り上げの4割も占めます。それでいいのかと思うところもあるから、トレンチとライダーズに続く定番を作るために、6割の部分で挑戦しています。ベーシックなデザインで、着た時に感動があるものを作る中で、それをいずれ定番にしていくぞ、という思いがある。コレクションで1回きり見せるのではなくて、そこで学んだことをちゃんと生かしたい。
海外のマーケットに出て行く
小笠原 売れる定番があるのはいいことですが、それは売り上げ規模がそこまで大きくないために、その2品に集中しているとも言えますよね。コアな顧客をつかんでいる一方で、もっと幅広く売っていく必要性を感じませんか。
熊切 いま、表参道の路面店がオープンから約5年です。ほかに、直営店は伊勢丹新宿本店、ルクアイーレ、3月には阪急うめだ本店にもオープンします。自社ECサイトを含めると5店です。阪急はインポートブランドと一緒に並ぶことになったので、新しい挑戦です。厳しく比較もされるでしょうが、新しいお客さんも付くかもしれない。
スタッフは、販売員を含めて30人になりました。一応社長なので、経営のことも頭の中で大きな割合を占めています。それも大変です。ブランドの規模をより大きくしていく必要性は、もちろん常に感じています。
たとえば、いま僕らは天然素材ではオリジナルが開発ができるんですが、更にロットが必要となる合繊は開発ができません。でも、性格的に既製のものは使いたくないんです。だから今はあまり合繊を使っていない。でも、合繊がオリジナルでできるようになれば、もっと面白い服を作ることができるんじゃないかと思って。そういう意味で、ビジネスをもっと大きくしたい。
そのために、海外のマーケットに出て行くというのもあります。これに関しては実は既に動き出していて、パリに出ると決めました。3月はタイミング的にちょっと難しいので、10月にパリで発表します。最初は多分伝わらないと思うんです。日本でも、最初は全然伝わらなかったですから。
海外で売れることはないかもしれないけれど、海外へ行こうという気持ちだけはある。いや、もちろん売るために行かないとだめだけれど、勉強にもなるだろうなと思いながら。
次はバイアスカットを使って、〝パリジェンヌ〟というテーマで作っています。パリに行ってパリジェンヌをやるのって面白いかなと思って。パリジェンヌに関する本はたくさん出ていて、そういうものは気分を表現した内容が多い。「ノンシャランな気分」とか、そういうものです。
そんな風に女性をまとめあげちゃっている文章が面白くて、「本当はこんなこと無いんだろうな」って思いながら見ています。東京の女性誌もそういうところあるじゃないですか。そういうのを見て、そういう気分なんだ、と思いながら服を作っている。それが、いま自分の中で面白い。3月は間に合いませんが、10月も同じテーマを続けてもいいかなと思っています。
小笠原 「海外に行って勉強する」と言われました。もちろん勉強も必要だけど、勉強で終わらせずに、海外で売れるためにはどうしたらいいのかを七転八倒して考えて欲しい。「売れなかった」「海外ではうけなかった」で戻ってきてほしくない。
熊切 それはちゃんと受け止めています。僕らも10年かかって頑張ろうという気持ちで行きますから。今日本で10年やってきて、海外でまた10年頑張る。諦めるつもりはないですし、なんとかしてやってやるという気持ちです。洋服そのものも大事ですけど、仕掛け方も大事で、本当に海外は大変だろうなと思うんだけど、いろんな知恵を使ってやってみようかなと思っています。