”ノスタルジー”とは実に便利に使える言葉である。私自身もあまり深く考えずに使っていることが多い。古風で懐かしい雰囲気のある音楽、ファッション、田舎を連想させる風景を表現するのに最適なのだ。
しかし、”遠い昔”とは懐かしく、美しい思い出ばかりではない。ベルリンという街は首都でありながら、最もドイツらしくないドイツであるが、フッとしたところでとてつもなく深い歴史背景を感じさせられることがある。日本同様に戦争に負けているのだから、明るいことの方が少ないのは当然である。
あるファッション誌で、ベルリナーの住む部屋を取材した時のこと。記事を書くためにDDRデザインのインテリアについて知る必要があった。オシャレなカフェが多く立ち並ぶプレンツラウアー・ベルクにあるDDR家具だけを使っていることでも有名なWohnzimmer Barへ行った。
DDRとは、社会主義時代の東ドイツで作られたプロダクトのことで、”レトロ”という言葉がピッタリのデザインやカラーが多く、まさにノスタルジー。
現在では、オスタルギー(ドイツ語で東を表すオストとノスタルジー(ノスタルギー)を合わせた造語)と呼ばれて、多くのメディアでも取り上げられている。
鉄鋼が不足していた旧東ドイツではプラスチック製の食器やブリキの玩具などが代表的で、壁で分断されていたベルリンの東ドイツ側の家族を描いた映画「グッバイ、レーニン」の世界そのものである。
貧しくて、いろんなことが制限されていた時代に作られた質素なものたちが、今またベルリンの若者たちからも注目されているのだ。そこには何とも言えない独特の雰囲気が漂っているのだ。
ヴィンテージ好きな私も友人宅や取材時に見たDDRデザインに魅了された1人である。しかし、それは真っ白な壁に大きな窓から日差しが差し込み、IKEAの家具でもスタイリッシュに見える現代人向けにリノベーションされた部屋に、1点2点置いてあるからである。モダンなインテリアやオーディオと一緒になって置かれているからこそ、”良いアンティーク”に見えるのだ。
これが全部DDRで、薄暗い部屋に置かれていることを想像して欲しい。キッチュでチープなレトロが好きな人にとってはたまらないのかもしれないけれど、私はどことなく居心地の悪さを感じてしまった。それは、スプリングの効いていない固いソファーの座り心地の悪さだけではないと思う。
自由の制限された社会主義時代に作られた家具だけに囲まれたこのカフェは、おもしろいことにWi-Fi完備でNomad族だらけだった。どんな思いでこの家具を作ったのだろうか?壁の向こうの世界をどんな風に想像していたのだろうか?そんなことばかり考えてしまって、執筆作業が全然進まなかった。
(*トップ画像はオフィシャルFBより抜粋)
宮沢香奈 セレクトショップのプレス、ブランドのディレクションなどの経験を経て、04年よりインディペンデントなPR事業をスタートさせる。 国内外のブランドプレスとクラブイベントや大型フェス、レーベルなどの音楽PR二本を軸にフリーランスとして奮闘中。 また、フリーライターとして、ファッションや音楽、アートなどカルチャーをメインとした執筆活動を行っている。 カルチャーwebマガジンQeticにて連載コラムを執筆するほか、取材や撮影時のインタビュアー、コーディネーターも担う。 近年では、ベルリンのローカル情報やアムステルダム最大級のダンスミュージックフェスADE2013の現地取材を行うなど、海外へと活動の場を広げている。12年に初めて行ったベルリンに運命的なものを感じ、14 年6月より移住。