ロンドン・コレクション及びロンドン・メンズコレクションには、毎シーズン新人デザイナーが続々とデビューしている。その中でも今注目されるのは、今後の活躍に期待がかかるデビュー4、5年の若手。80年代生まれの才能が輝いている。(若月美奈=ロンドン通信員)
ロンドンは昔から新進デザイナーの孵化(ふか)装置として知られている。ここ数年は「バーバリー」をはじめとするラグジュアリーブランドや中堅デザイナーも発表の場をロンドンに戻し、参加ブランドはバラエティーに富んでいる。とはいえ、依然3分の1前後が10年以降にデビューした若手で占められている。
その理由の一つは、世界をリードするファッション教育システムにある。セントラル・セントマーチン美術大学をはじめとする大学のファッション学科には、世界中から優秀な学生が集まり、卒業後ロンドンを拠点に英国ブランドとして活動している。
ロンドン・コレクションを主催する英国ファッション協会(BFC)の支援も厚い。90年代はじめから続く新人支援プロジェクト「ニュージェン」では、ショーやプレゼンテーション、展示会を含め毎シーズン10ブランド前後を選出し、発表経費に加えて作品制作費用も援助している。「ニュージェン」を卒業したデザイナーには英ヴォーグ誌との共催による20万ポンドの資金援助とビジネスアドバイスが得られる「ファッションファンド」があり、「ニュージェン」手前の大学卒業したての新人には合同ショー及びパリでの展示会支援が得られる「ファッションイースト」もある。
最近では、世界的な新人支援ブロジェクトのLVMHヤングファッションデザイナープライズ(以下LVMHプライズ)でも、初回の「トーマス・テイト」に続き、「マルケス・アルメイダ」「ウェルズ・ボナー」とロンドンブランドが独占受賞している。
もっとも、そうした支援が終わってショーを休止したり、10年前後続いたもののその先が厳しくブランドを閉鎖するデザイナーも多い。支援があるうちにチャンスをつかみ、確実に成長を遂げる高度なクリエイティビティーが必須であることは言うまでもない。これぞという筋の通ったブランドの個性も問われる。
現在、英国新進デザイナーのトップの座にいるのは、13年に29歳で「ロエベ」のクリエイティブディレクターに就任し、15年英国ファッションアワードでレディスとメンズの大賞をダブル受賞した「JWアンダーソン」のジョナサン・アンダーソン。そのすぐ後を追うのは11年春夏デビューのシモーネ・ロシャだ。80年代から90年代にその名をはせたロンドンファッション界の重鎮ジョン・ロシャを父に持つシモーネは、資本力はもちろん確実な生産背景を強みに、女性ならではの優しさと凛(りん)としたしたたかさを共存させたラグジュアリーなコレクションを見せている。
さてその次に来るのは誰か。レディス、メンズ合わせて50ブランド近くいる若手の中から、予選を通過したと思える7ブランドを紹介する。
マルケス・アルメイダの「90年代グランジ」
ショールックではなくワードローブに目を向けて
ここ2年ぐらいロンドン・コレクション会場で厚手の切りっぱなしデニムのトップやワンピース姿の女性をたくさん見かける。街にはコピー商品も出回っている。それをデザインしているのがマルタ・マルケスとパウロ・アルメイダが手がける「マルケス・アルメイダ」。90年代グランジをひっさげて2011年にデビューした。
「10代のはじめに自分で服を選ぶようになった時、最初に触れたファッションがグランジだった。私たちのブランドは常に、スタイルというよりもアティチュードとしてのグランジが根底にあります」
といっても、10歳前後のグランジ最盛期の記憶はあいまいで、コレクションを制作するにあたり、当時のi-D誌やデイズド&コンフューズド誌を見て研究した。そこでストレートに伝わってきたのがダメージデニムだった。
86年生まれのマルタと85年生まれのパウロは、ともにポルトガルの出身。現地の大学でファッションを学んでいた時に知り合い、クリエイティブな環境に憧れて共にロンドンのセントラル・セントマーチン美術大学MAコース(修士課程)に進んだ。以来公私ともにパートナーで、卒業作品は共同で制作した。99%が切りっぱなしのデニムだった卒業コレクションのショー終了後、バックステージに「ファッションイースト」を主宰するルル・ケネディ氏がきて、参加の誘いを受けた。そうして半年後にはロンドン・コレクションにデビューすることになった。
その後毎シーズン、色鮮やかなシフォンやブロケードサテン、レザー、ニットなどを加えながらも、不動のシグネチャーは切りっぱなしのデニム。卒業コレクションから続く新世代グランジの進化系を見せてきた。
ところが、今年2月に発表した16~17年秋冬は様子がガラリと違った。自らも「変革へ向けての大きなチャレンジ」という新作は、オーバーサイズのスウェットパーカやギンガムチェックのシャツ、レースやネットの重ね着ドレスからダウンやシープスキンのジャケットまで様々なアイテムがミックスされ、混沌(こんとん)としたイメージが強い。
「これまでのトータルルックでのデザインとは違い、一つひとつのアイテムをそれぞれデザインしました。それをショーの直前に集めてコーディネートを決定。モデルも半分は友人や顧客などの素人です。女性たちは今、ショールックではなくワードローブを求めていると思う」
最終的にショーに登場するまで、自分たちでもどんなコレクションになるか分からない、そんなスリルも味わった。
ブランドとして次なるステップを踏めたのには、LVHMプライズの受賞も大きかった。「ファッションイースト」に次いで「ニュージェン」に選ばれて単独ショーデビュー。その「ニュージェン」を卒業して、ショー会場探しから全て自分たちで行わなければならなくなった昨年春、大賞を受賞して資金を得た。広いアトリエに移り、スタッフも16人にまで増えた。タイムリーにチャンスをつかんだその支援も終わり、これからが本当の勝負だ。
「ロンドンファッション界は新人をもてはやすバブルが続いている。それに流されることなく、リアルなアプローチを心がけたい」
取引先は世界100店強。日本でも早くから買い付けているデスベラードをはじめ伊勢丹、リステア、オープニングセレモニーなど13店で販売している。すぐにこのブランドと分かる強い個性を持ちながらも、比較的安い価格設定も人気の要因かもしれない。
(ポートレート撮影=斎藤久美)