「長時間かけて手仕事で作り上げる一着だからこそ、パーティードレスではなく毎日着られるデニムを選びました」
15年春夏、「ニュージェン」に選ばれて見せたはじめてのプレゼンテーションには、無数のハンドステッチを入れたり、フリンジ状のテープをはぎ合わせるなど、気が遠くなるほど手の込んだブルーデニムウェアが揃った。リサイクルデニムをほぐした糸を重ねてボンディングするなど、生地としてはデニムでないものもあるが、アイテムはデニムジャケットとジーンズだけ。ジーンズ1本30万円以上もする。
フォスティンヌ・シュタインメッツの「デニムクチュール」
織りから染色までアトリエ生産にこだわる
翌シーズンには、デニムにニードルパンチでウールを埋め込んだフェルトのような表情のスカート、無地のコットン地にゆがんだデニムの織り地をプリントしたパンツ。その次シーズンには織機の不都合でその部分だけ織られずに糸が渡る〝浮き糸〟をデフォルメしたデザインなどを揃え、アイテムのバリエーションも広がった。
16~17年秋冬はカーペットに使われる織りの技術を用いた巨大なモール糸のようなコットン素材を前面に、くっきりとした色と構築的なシルエットの新作を揃えた。モヘアなどコットン以外の素材も増え、デニムウェアから多少遠ざかっているようにも見える。
「たとえそれがデニムに見えなくても、すべての出発点はデニムです。生地というのはなく、表情だったりフィーリングだったり。そのコンセプトは変わりません」
今なお多くの素材は織りから染色までアトリエで行っているが、16年春夏からはスペインのデニム工場ヨロと組み、量産体制も整えた。といっても、ヨロで織った生地をアトリエで1本1本糸を抜くなど加工を施している。
ヨロとの関係は単なる仕入れ先ではない。「素材を共同開発するパートナーで、今後はこれまで一緒に開発した生地を他ブランドにも販売する計画もある。自身の布地がそうして広がっていくのはうれしい」
「ニュージェン」はじまって以来のフランス人。パリ生まれで、パリのシャルドン・サバールでファッションを学んだが、アンソフィー・バックなど共感するデザイナーがロンドンにいたことから、セントラル・セントマーチン美術大学MAコース(修士課程)に進んだ。10年に卒業し、「ジェレミー・スコット」などを経て13年に独立。ロンドン・コレクション参加以前から、ウェブサイトで見つけたという伊勢丹のバイヤーが買い付けている。
ヨロとの取り組みの一方、手織りによる生産能力の拡大も模索中。きらびやかさとは縁遠い、究極のラグジュアリーの存続に期待がかかる。
(ロンドン=若月美奈通信員、プレゼンテーション写真=Catwalking.com)