4月28日付けで、リステアホールディングスがトゥモローランドの傘下となった。海外のファッション関係者の間でも認知の高いリステアと組むことは、自社にとっても利益になるとトゥモローランドは判断した。
リステアのエッジーなイメージを作り出しているのが、クリエイティブディレクターでバイヤーの柴田麻衣子さんだ。「(柴田さんは)バイヤーとして存在感があって、一目置いている」とトゥモローランドの佐々木啓之会長。
柴田さんに、自身のことや東京のファッションについて聞いた。(写真=加茂ヒロユキ)
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"反骨精神がリステアを大きくしてきたんじゃないかな"
――バイヤーになった経緯は。
大学卒業後、地元の名古屋にルシェルブルーが初出店する際、販売員として入社しました。名古屋には当時セレクトショップがあまり無くて、選択肢が少なかった。それに、生意気な性格だから既にある店では嫌だったんです。
自分の中の人生プランで、26歳くらいまでにある程度何かをしていたい、30歳までにはこれをしていたいというのがあった。それに当てはめようとすると、あまり大きい企業に入ると到達までが遠いなと思って。だから、あまり知らないところに入ろうと思いました。
当時は「ヴィヴィアン・ウエストウッド」と「コムデギャルソン」しか着ていなかったから、社内ですぐに「この子は毛色が違うぞ」となったんです。
それで、入社後2週間で名古屋から神戸のリステアに転勤に。1年後に今度は東京に出店することになって、高下さん(高下浩明社長)に声を掛けられて5~6人でやってきました。入社してからバイヤーになるまで1年半くらい。
タイミングに恵まれたのと、フットワークが軽かったのが良かった。バイヤーって、一年中旅しているような仕事ですから。会社の方向性と自分がめざすもの、自分が持っているものと会社から求められているものが合致していたんだと思う。
東京に来てからは、店を1から作ってきました。人員を配置して、ブランドも1から全て開拓して。海外のデザイナーは、勿論リステアなんて知りません。大手の会社もいっぱいある中で「どこの小娘だ?」と思われながら、何くそって感じながらやってきました。それもそれで面白かったですけれど。反骨精神がリステアを大きくしてきたんじゃないかな。
悔しかったことは沢山あります。たとえばショールームのアポイント。私たちは時間通りに行っているのに、有名なショップが遅れて来ると「帰ってください」って言われた。どんなにスペシャルな資料を作り込んで持って行っても、「実際に東京に行って店を見るまでは、あなたたちには売れない」と言われたのも悔しかった。
"世の中の全員に好かれなくてもいい”
――リステアがめざすのは。
大きな目標として、「世界に名を馳せる究極のセレクトショップを作る」ということを掲げてきました。その目標の中でコンテンツをどうするか、喧々諤々と話し合ってきて今があります。
昔から、みんなに受ける店にしようとは思っていません。好きな人だけ集まってくれればいい。そういう発想はブランド的だなと思います。ブランドって、好きな人は狂信的に集まるけれど、そうじゃない人は一生買わないものですから。
リステアもそういう存在でいいと思っているので、世の中の全員が好きなものをあえて探す必要がないんです。ブランドが伝えたいことと、実際に多くの人が着られるものって開きがある場合が多いし、みんなが着られるものをやるのはうちの仕事じゃない。
面白いお客様が集まってきてくださるので、その人たちを喜ばせようと思うと、普通のものだけではダメなんです。
――柴田さんが考える、いいデザイナー、いいブランドとは。
アレキサンダー・マックイーンの展覧会がロンドンで開かれています。デザイナーの中から“出ちゃって”いて、デザイナーが出がらしのようになっているコレクションはすごくきれい。展覧会を見返して、改めてそう感じました。
生みの苦しみから出てくるものはメッセージが強いし、思いが入っています。ただ、最近は納期や生地の縛りなどもあって、メッセージを伝えようとして作っているものはあまり無いと感じる。あっても、マックイーンのようにデザイナーにとってすごく負担がかかるものです。
ファッションはアートじゃないとおっしゃる人もいますし、私もそう思う部分はある。でも、見た時にすごいと感じることと、売れるということは違う。すごいと感じるものは、やっぱりアートに近い気がします。
一方で、コンテンポラリーのデザイナーには、よくぞこういうものをこの時期にこういった形で提案してくれた!と感じます。彼らはすごくプロフェッショナル。私の中で、すごいデザイナーの基準というのは、この二軸があります。
"アジアのデザイナーに注目。バイヤーたちも貪欲で面白い”
――若手デザイナーの発掘にも貪欲だ。注目している若手は。
20~30代向けの業態、221リステアができたことで、新しいものや遊びがあるものも取り扱いやすくなりました。いま一番開拓したいのは、アジアのデザイナーたち。ファッションにすごく貪欲な市場では、何かを生み出したい人も同様に出てきているはず。アジアのファッションウィークにも積極的に行こうと思っています。
LVMHの新人発掘プライズに選ばれていた、香港の「ジョーダン」を秋から221で仕入れます。香港の「エディット」は既に扱っているし、韓国やシンガポールで狙っているブランドもあります。アジアのブランドは色使いなどが独特で、日本には無い観点の面白いものがたくさんある。
リステアは当初、一流ブランドばかりを集めてきました。それは説得力を付けたかったから。そうそうたるブランドを扱っていれば、無名の新人が入ってきても、「リステアが選んでいるなら間違いない」っていう説得力が出る。最高の品揃えをしてきたから、新しいブランドを仕入れることにおびえないのかもしれません。
展示会シーズンには、新進ブランドから毎日100件くらいメールをもらいます。フォントや雰囲気で良さそうなものを仕分けて、興味があったら展示会へ行く。もちろん、行って失敗だったという時も沢山あります。でも、できるだけフットワーク軽く、特に時間の自由がきくプレコレクションの時は見に行くようにしています。
デザイナーだけでなく、アジアのバイヤー勢も貪欲ですごく面白い。彼らは仕事としてというより、ファッションが好き過ぎてバイヤーをやっているっていう感覚です。資金はあるけどコンテンツが追いつかないっていうお店が多くて、私たちがやってきたことや考えてきたことにも重なります。何くそっていう感じがパワフルで楽しいんです。
あれを見よう、ここに行こうって、フットワークも軽い。ソウルのブーンザショップや香港のジョイスのチームとは、コレクション期間中に情報交換をしたり、車をシェアしたりしています。
――日本の若手のデザイナーについては。
面白いと感じるブランドが増えてきました。何シーズンも見てきた「マメ」も、15~16年秋冬から221でなくリステア本体で買い付けています。ハイブランドと組み合わせてもはまるように、どんどん洗練されてきています。
流行っているから買って、次のシーズンは買わないということはしたくないから、絶対にいいなと思うまでは我慢して買いません。221で扱っている「ファセッタズム」も楽しいし、買い付けには至っていないですが、「クリスチャンダダ」では個人的にオーダーをしました。
もっと新進のブランドでは、「ヨウヘイ・オオノ」の発想が面白かった。メールがきていて、気になったから展示会に行ってみたんです。バイヤーさんはあんまり来ないみたいで、本人もちょっと驚いていたようけれど。ターゲットについてや丈のバランス、お土産品のセレクトなど、色んなアドバイスをしました。あまり傷付けないようにはするけれど、デザイナーには結構はっきりと意見を伝えます。
"日本は危機的状況。このままだとアジアに飲み込まれる”
――パワフルなアジア勢と、日本のデザイナーが戦っていくためには。
日本の市場だけでは限界がある。ブランドを広げていきたいのなら、海外の人にも受け入れられるものじゃないといけない。たまに、「バイヤーの声を聞いて、MD的に売りやすいものを入れたんです」っていうブランドがあります。それって一番言ったらダメなことだと思う。
とは言え、そうしないと今取り引きのあるところからも切られちゃうのかもしれない。海外のファッションウィークのように、日本にももっと若手が挑戦できるシステムがあればいいのにって思います。
私がディレクションする「ルシェルブルー」に向けても言えることですが、日本の若いブランドに対しては、ファッション以外のことも含めて、もっと色んなものを色んな側面から見るようにした方がいいよ、と思う時はあります。小さい世界にいる感じがするというか。
たとえば、私は映画「ディオールと私」を2回見て、2回号泣しました。ラフ・シモンズが、ディオールのあの恐るべきヘリテージと対峙して、大変なバトルをして、新しいものを生み出しているということに感動して。
別のたとえだと、スージー・メンケスの持っている知識ってとんでもない量です。でも、そこを超えようと頑張らなければ次は出ない。もし一代を築きたいのなら、もし何者かになりたいのなら、それぐらいしないと。そういう意味で、日本の若手デザイナーは、戦っている敵が小さいのかなと感じる場面はあります。
海外に行くと、無理難題が多いじゃないですか。英語もそうだし、宗教の話もそう。次のお皿が全然出て来なくて、延々と会話を続けないといけないディナーにも招かれます。映画のタイトルも原題と邦題で全く違うのに話題にのぼるし、それに対する意見も求められる。日本人って、そういうのに慣れていないから苦痛です。
同時に、他のアジア勢のすごい成長ぶりからの危機感も感じると思う。益々日本のデザイナーやブランドは頑張らないといけないなと思う。
――柴田さんが最終的にめざす姿は?
恥ずかしくてあまり言えないですが、新しい職種が作りたい。今まで誰もやったことがないようなことがしたいんです。
こうなりたいという野望があって、でもそれをかっこよくは言えないんですが、アナ・ウィンターやスージー・メンケスとちょっとでも横に並べるような存在になりたい。
そのためには、行動だけでなく実績も伴わないといけません。アナがファッションズナイトアウトを作ってムーブメントを起こしたように、ファッション産業が活性化するような何かがしたいなって思っています。
日本って、危機的状況だと思う。ぼーっとしたらアジア勢にのみこまれてしまいます。東京を守って、ちゃんとファッション都市の一つでありたい。
一方で、素敵なものは素敵なので、アジアのブランドもフラットに買い付けていきます。会社の体制は新しくなりましたが、バイイングの姿勢は全く変わりません。これまで以上に自由で独創的なセレクトになると思います。