医学が進み、多くの病気を薬で治せるようになった。それでも、いまだに特効薬のない病気が存在する。治療薬の開発が難しい病気の一つは、特定の遺伝子の異常で少数の人におこる遺伝性の病気である。もう一つは、遺伝的素因、環境、生活習慣などの複数の因子が複雑にからみあって生じる病気(多因子疾患)である。従来の医薬品は、単一の病因のみに働きかけるので、多因子疾患では十分な効果が得られなかった。ならば、複数の因子に同時に作用する薬を作れば良いじゃないか。この夢を可能にするのが、「マイクロRNA阻害剤」である。
マイクロRNAに迫る
体内には2万~3万種の遺伝子があるが、これらは常に働いているわけではない。細胞には遺伝子をオンにしたりオフにしたりする各種スイッチが備わっていて、必要なときに必要な遺伝子だけが働くように調節している。マイクロRNAは、いわば遺伝子をオフにするスイッチである。ヒトには約2000種類のマイクロRNAが存在し、一つのマイクロRNAが数十~数百の遺伝子を一括でオフにできる。さらに、特定のマイクロRNAが増えすぎると、本来はオンになるべき遺伝子がオフのままになって病気が起こることも分かってきた。
増えすぎたマイクロRNAを阻害剤で抑えれば病気が治るのではないか。それを確かめるために、疾患モデル動物(ヒトの病気と同様の症状がおこるように作られた実験動物)でマイクロRNAを抑える実験を行った。結果、がんや脂肪肝、アトピー性皮膚炎など様々なモデル動物で、有望な治療効果が確認できた。
薬事規制と資金
マイクロRNA阻害剤を医薬品として実用化する上での大きなハードルは三つある。一つ目は、阻害剤を患部にうまく届ける技術である。例えば、この阻害剤はアルツハイマー病やパーキンソン病などにも有効となり得るが、血液から脳内に阻害剤を移行させる技術は開発途上である。
二つ目は、薬事規制である。マイクロRNA関連医薬品は承認されたものがまだないので、規制当局と相談しながら開発を進める必要がある。最後に、資金の問題がある。医薬品開発は成功率が低い上に、マイクロRNA阻害剤は医薬品として前例がない。ハイリスクな開発であるがゆえに、出資者探しも難しい。
素晴らしい薬も初めから順風満帆とは限らない。新型コロナウイルスワクチンの発明者、カリコー・カタリン博士が日本RNA学会で講演した際、失敗を繰り返しても挑戦を諦めなかったと言っていた。この言葉を胸に、無数のハードルを越えていきたい。
(ミラックスセラピューティクス取締役・医師 柄澤麻紀子)
