【パーソン】中川政七商店社長 千石あやさん 日本の工芸の入り口としていざなう
「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに産地と連携した物作りと工芸品の販売や、コンサルティングなど産地支援の取り組みに力を入れる中川政七商店。千石あや社長は昨年就任して以降、産地と一般消費者をどう結び付けるかに力を注いできた。工芸にいざなう入り口としての店舗に仕上げたのが、渋谷スクランブルスクエアの新店だ。自社の存立基盤でもある工芸産地への思いを込めた店として発信していく。
◆店に来て読み触り食べるスペース提供
――今回の新店に対する思いは。
2年前から準備を進めてきただけに、とても面白い店になったのではと思っています。コンセプトは日本の工芸の入り口です。普通の店舗だとなかなか物作りの背景などを伝えにくいし、そのスペースをとったりできないので、お店に来て見たり、読んだり、触ったり、食べたりという体験ができて、物作りや工芸を感じていただけるスペースが提供できたというのがポイントです。
工芸の入り口と言っているのは、うちはそもそもファブレスで物を作っているので、メーカーや産地が活性化しないと立ち行かないんですね。多くの方に産地にまで目を向けてもらうことが必要で、だからその入り口なんです。
――新店のオープンと同時に会社の物作りについて記した「ものざね」という本も出した。
中川政七商店がどういう物作りをしているのかを書いた本です。パートナー先の物作りだけでなく、中川政七商店自身のことを主に描いたもので、その考え方をもっとお伝えしようということで出しました。物作りをしている人たちは良いものを作り続けていたらおのずと道は開けると思いがちですが、作っている人がどう感じているか、物作りの良さを伝えていくことが大事だと思いますし、工芸を知ってもらうことで、日本の工芸を残していけるんだと思います。(工芸品を)こんな風に考えて作りましたということをここまで伝えるというのは初めてなんです。
社員も本の中に登場します。例えば塩を入れる塩壷(つぼ)を作っていますが、中の塩が固まるというクレームに対してどう改善するかということを日記形式で追っています。私たちが対策としてどう考えたのかということ、開発のストーリーをそのまま載せています。そこに人が介在してまじめに取り組んでいることを紹介することが大事だと思いました。
日本にはお飾りというものがありますが、以前は注文すれば木材の職人さんが作ってくれるんだと思っていました。でも当社に入って生産管理の仕事に就いて、ものすごい数のパーツが全国のいろいろなところで作られて、その集合体がお飾りになっていることが分かりました。お飾りが日本で願いや祈りを託して多くの手を経て大切に運ばれてきたことに感動した記憶があるんですが、そういうことをお知らせしていけば、職人も仕事が続けていけるということにつながるのかなと思います。
――新店ではモノだけでなくコトの発信も目につく。
先ほどの本もそうですし、店内では映像も流しています。工芸新聞というのも自分たちで作って置いています。やはり物作りの考え方や背景を知っていただくと関心も高まると思うんです。今回はカテゴリーも明確に分けました。キッチンとかサニタリーとか売り場を分けているんですね。普通はそれぞれのカテゴリーの売れ方によって柔軟に拡縮できるように什器も汎用性や差し替えのしやすさを考えるんですが、この店では陶器であればそれ用に作った什器を入れましたし、サニタリーであればタイルを置いたり、什器や内装を含めてそのカテゴリーの工芸をしっかり発信しようとしたことも特徴です。モノを売るんですが、この店で工芸や産地に興味を持っていただければ一番うれしいですね。ほかのお店のスタッフにはぜひ見てほしいですね。商品は他店と重なるところも多いですが、工芸や物作りを伝えるという点で深掘りしている店ですから理解を深めてもらいたいです。
――イベントスペースも設けた。
(店の目玉として)店の真ん中に仝(おどう)というスペースがあるんですが、自社の商品だけでなく、メソッドの山田遊さんに協力いただいてうちとは関係のない企業や産地を含めて北海道から沖縄まで〝今の工芸〟を集めたんです。日本の作り手の(商品が市場に出ていく)出口でもありたいと考えています。ここでは季節に合わせて展示内容を変えていこうと思っていますが、仏具であったりとか、今、コンサルに入っている台湾の工芸も紹介する候補に挙げているところです。ワークショップなど体験型のイベントにも取り組んでいきたいです。渋谷という場所も日本や世界へ向けた発信の拠点ともいえるので、そこで工芸を打ち出すのは当社にとっても新たなステージの始まりだと思っています。
◆産地を知り、見て、体験する取り組みも
――産地に関して理解を広げる取り組みでほかには。
工芸産地を回るツアーをやりたいんです。ツアー会社を作ろうかと。今、店長を対象に3カ月に1回「さんち修学旅行」といって産地をめぐるツアーを行っているんです。それに一般の方を何人かご招待しているんですが、それをもっと一般の人向けに実施しようと考えています。(産地企業の合同展として行っている)大日本市も現在、バイヤーさんだけに向けて開催していますが、一般のお客様に開放できないか考えていきたいと思っています。
――一般人向けでは大日本博覧会が好評だが。
大日本博覧会は一般の人に向けて産地で行う産地ピーアールのイベントですが、16年に全国5カ所で催して、以後、毎年1回開催しています。今年は台湾の台北で行いました。博覧会は今後もやっていきますが、ツアーは海外のお客様も見込んでいるんです。工芸が魅力ある産業になっていけば、それを見に来る外国人も多くなるのではと考えています。世界中で工芸が消えているので、日本の工芸が元気を取り戻せれば物作りの大国として存在感が出るのではないかと思います。ツアーは世界中から日本の工芸を見に来ると想定して準備していきたい。
――物作りの現場を見ることは大事?
やっぱり物を作っているってテンションが上がるんですよ。見ていて面白いし、欲しくなるし、なるほどと思います。私もそうですが、産地に行くと散財します。この前、飛騨の家具の工場を見学に行ったんですが、同行したものがその場でソファーを買っていました。職人さんが作っているところに接して、物作りについてのお話を聞くといいものだなと実感できますし、これを選ぼうという意思が働きます。そうやって選ばれることが大事でしょう。産地を体験するというのはとても意味があると思います。例えば、うちの店長たちはさんち修学旅行で靴下の工場を見に行ったりしますが、物作りを理解するとお店で接客に使いますし、靴下の売り上げに結びつくのが良く分かります。
――会社の現段階は。
今、中川政七会長が奈良で産地の地域事業をやっているんですが、これは産地づくりの一つの成功例を作ろうということです。私たちは日本の工芸を元気にする取り組みをやっています。自分たちの物作りを超えて日本の工芸全体を活性化することを背負っていくんだと改めて認識しているというのが今の段階です。業績は順調ですが、私が社長だからというのではなく、全社がビジョンに共感し、それに向かって進めているということだと思います。
――社内では比較的自由に仕事ができると聞いている。
企画はカテゴリーごとに分かれていますが、カテゴリーに縛られることはありません。これがいいと思ったら提案できますし、プレゼンして「いいね」となれば商品化します。販売のスタッフも提案できます。市場調査などはしない会社なので、自分たちのいいねが基本です。売れそう、という発想では作らないし、当社ではあまりなじまない。あとはうちは物を作るときに、その歴史や経緯やどうやって作られてきたかを必ず調べるんです。うちのデザイナーはがつがつしていないと言われますが、先人が考えてきたことをひも解くというプロセスを踏んでいると、自分たちが物作りの長い線を受け継ぐ点のようなものだからだと思います。今の時代にふさわしいものにアップデートすることが大事です。
――今後の事業の方向は。
産地の活性化が大きいと思います。産地との連携でうちはうちで物作りを一層強めていくことが必要ですし、その上で産地ツアーをしたり、将来的には人材マッチングなど関連する取り組みを進めていきたいですね。食にも力を入れ始めています。産地の食としてやっていきたい。第1弾はカレーです。食も産地という視点でやっていまして、社内に食のチームを作りました。今後は顧客、工芸ファンとの新たな関係作りも進めていこうと思っていますし、店舗と双方向で連動できつつあるECもさらに整えていきたいと思っています。渋谷店が軌道に乗れば、大型店をもう少し出せないかも検討していきたいですね。
■中川政七商店
生活雑貨工芸品の企画製造販売。1716年、奈良で地場の手織りの麻織物である奈良晒(さらし)の製造販売業として創業。08年、第13代中川淳社長(現中川政七会長)が就任し、工芸品の製造小売業となった。「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに定め、産地を活性化するため、産地企業に向けたコンサルティング業務も始めた。現在、直営店は「中川政七商店」「遊中川」「日本市」の3業態で57店を展開している。産地企業のBtoB(企業間取引)合同展「大日本市」を開催するほか、産地で催す一般向けの産地イベント「大日本市博覧会」も行っている。売上高は62億6000万円(19年2月期)。
《記者メモ》
一見して社長には見えないと思う。社長の役割は果たすが、ほかの社員とともに会社の一員として仕事をしている、そんなイメージを受けるような温和な言動が印象的だ。
工芸大国日本を目指して産地活性化の活動に力を入れているが、ひそかに狙っているのが25年に開催される大阪・関西万博で工芸パビリオンを開設することだ。100年以上前に開催されたパリ万博では日本の工芸品が多く出展され、日本の工芸を世界に知らしめたという。中川政七商店も刺繍のハンカチを出品したということだ。
100年以上の時が過ぎ、工芸大国を目指す同社がパビリオンを出すことはなんとしても実現したい夢だ。もちろん1社では無理なので賛同者、協力者を募って工芸を盛り上げていくまたとない好機にしたいとのこと。取材の最後に強調して語った。
(武田学)
(繊研新聞本紙19年11月8日付)