【パーソン】糸編代表 宮浦晋哉さん 産地とデザイナーの距離縮める
日本の繊維産地とデザイナーをつなぐファッションキュレーター、糸編。年間200以上の産地企業を訪ね、産地の課題に向き合い、解決策を探ってきた。糸編の中核をなす「産地の学校」と「テキスタイルジャパン」はそうして生まれたソリューション事業だ。新しい試みを次々に実現していく宮浦晋哉代表に、産地の課題と可能性、今後のビジョンを聞いた。
ハイブリッド職人と技術起点デザイナー
――全国の産地に足を運び、見えてきた課題は。
後継者不足は以前から、大きな問題です。若い人たちに向けて発信を強化したり、外部との接点を作る活動をしてきました。
これと切り離せない問題に、売り上げがあります。アパレル市場が縮小し、旧来の商流で工場を回すという構造が成り立たなくなってきました。工場に聞くと、閑散期の落ち込みが厳しく、稼働率も年々下がっています。問屋も在庫を積まなくなり、製造現場にしわ寄せがきています。
そこで重要なテーマが、どうやって売り先を広げるか。どんな素材を企画するか、どこに売るかといった議論を重ねてきました。製造現場がなくなってしまえば、日本の物作りの力が弱まる。アパレルも産地も行政も僕らも、その危機感を持って問題に向き合っています。
――産地の学校は、人材育成だけでなく、マッチングも行っている。
繊維産業・テキスタイルを体系的に学ぶ場として、17年に開校しました。東京校ほか、遠州校、ひろかわ校を運営し、これまでに200人以上の修了生を送り出してきました。産地企業にも就職しています。
僕らが力を入れているのが〝ハイブリッド型〟人材と産地企業のマッチング。産地企業に就職し、職人として作り場に入りながら、同時に売り上げも上げられる人材です。たとえば、インスタグラムで会社のアカウントを作り、社長にやり方を教えたり、ECを始めたり。その子が起点となって情報発信することで、地元のメディアに取材されたりする。それがすぐ販路につながるんです。
もう一つは、産地企業と組んで物作りする人材です。産地の学校で必要最低限の専門知識や生産背景を学び、修了後は産地企業に就職するのではなく、産地とともにビジネスを作っていく。素材・技術ありきで、商品設計は後から考えていく。そうやって工場と物作りする人が増えればいいなと思います。
テキスタイル企業では、開発した生地が、トレンドや契約の都合で1シーズンしか使えないことも珍しくありません。苦労して開発した生地が、100メートルしか使ってもらえなかったらすごく辛いじゃないですか。一方で、技術起点の商品であれば、定番として長期間売ってくれるし、生産背景も惜しみなく紹介するから、その企業に発注が入るし、開発した技術を応用できる。モチベーションにもつながります。産地には、産地の技術に対し、商品化へ魅力を最大化することができる人が必要です。
――コロナ禍で、産地の学校の活動も制限された。
3月に、今春予定していた7期生の受け入れを見送ることを決めました。ただ、休校期間中も、産地に興味がある人たちの気持ちを少しでも盛り上げたいと思い、5月からユーチューブで「ウェブ工場見学」を配信しています。工場に撮影してもらった動画をベースに、ワイプで顔を出しながら、実況中継のような雰囲気で解説するものです。これまでに8本上げました。毎週土曜日はライブ配信もしています。多い時は30~40人が同時接続してくれる。動画も視聴回数が1000回を超えたものもあるし、チャンネルは月間10万PV(ページビュー)と手応えを感じています。
「宮浦と学ぶ繊維テキスタイル入門編」も人気動画です。産地概論10分、素材の基礎知識10分という構成なのですが、やってみると、インプットの部分はほぼ動画で伝えられるなと。たとえば、教室の授業では聞き逃してしまう専門用語も、動画なら全部字幕が入っているからわかりやすいし、後から見返すこともできる。工場見学も、リアルではけがの危険から近寄れない場所がありますが、ウェブでは工場の方が動画を撮るから、すごく近くで見られる。たまたま稼働を止めていて、工程が見られなかったなんてこともありません。実際に僕がこれまで10回以上訪ねた工場でも、動画には初見の工程や場所がたくさんありました。
他にも人数を制限する必要がなかったり、初めての人にも見つけてもらいやすかったりと、ウェブ配信のメリットを感じ、学びの提供方法を見直しているところです。教室にこだわらず、インプットの動画は無料公開し、議論などインタラクティブでしかできないことは有料といったオンラインサロン型もいいのかもしれない。産地に若い人材を入れる目的は変わらず、よりよい方法を追求していきます。
産地の代弁者になるショールーム
――テキスタイルショールームに予約が殺到している。
全国の産地28社から600点以上の生地を展示し、今月末までの約1カ月、東京・池尻大橋でショールームを開いています。各社の担当者は不在で、僕を含めた糸編の2人体制で運営しています。4月下旬に2週間ほど小規模のショールームをセコリ荘で開催し、手応えを得ていました。最近は徐々にリアル展も開かれるようになり、今シーズンは行わないつもりだったのですが、地方は「都内に出られない」「県外から受け入れできない」状況で、とにかく商品を直接見せる場が必要だと思いました。
僕らがショールームをやる意味もはっきりしました。工場を何度も訪れきたからこそ、商品だけでなく、工場の雰囲気も伝えられる。産地の代弁者になれると思ったんです。
もう一つは、〝売れると作るの往復運動〟をしっかりしたいという思いから。生地のスワッチは独り歩きしがちで、結局なぜ売れたのか、売れなかったのか見えにくい。ここでは、デザイナーの反応をあまり気を遣わずに産地企業にフィードバックすることで、マーケティングに生かしてもらっています。
新規販路開拓もサポートしています。社外の3人と立ち上げた糸編マーケティング室で、商材や産地企業の特徴に適した販路をリサーチし、アプローチしています。営業は異業種も。カーテンなど、大量発注が期待できるところを意識して攻めています。アパレルは縮小するという話ばかりなので、こういうところで希望が見えれば。アパレルも、元気なところは元気で、生地の発注量が5倍に伸びたデザイナーブランドもいます。そういったところをつなげて、数字にして返し、希望を持ってもらえるようにしたい。
――今後のビジョンは。
改めて、生地に触れられる場所の必要性を感じています。今回はスペースの都合で20社ほど出展を断らざるを得なかったこともあり、次は増床したい。22年春夏向けの提案が始まる来春までに、常設のショールームをオープンするのが当面の目標です。産地企業は新作、定番を好きなように入れ替えながら、僕らは延々と湧き出るデザイナーにちゃんとコミュニケーションをとって、キュレーションしていく。素材展を待たずしてクリエイションに着火できる、クリエイションの出発点になる場所にしたい。お酒やコーヒーが飲めるスペースも設けます。
中長期的な目標は、海外販売です。まずは、インスタグラムで広く発信します。ショールームに出展してくれている企業の生地を掲載しているのですが、けっこう問い合わせが多いんです。ある程度はオンラインで見せつつ、さらにアピールしたいブランドには、年2回制作するスワッチブックを送ります。加えて、各国で日本人パートナーとの協力を得ながら、小さい展示会を連打する。競争激しいラグジュアリーブランドに行く必要はないと思っていて、小規模で現地の商社が相手にしないようなブランドを積極的に開拓していきたい。少量を高くても欲しいというところをフォローしていきます。日本の産地のどこに優位性があるかは、国によって異なるので、もう少し勉強しつつ、展示会もやりながら戦略を練っていきたいと思います。
――産地に活路は。
今までの構造のぶら下がりでは辛いですが、自分たちの強みに対し、求めている人は国内外に絶対います。強みを理解し、生かし、アプローチしていく。それを繰り返していけば10年、20年、30年先には作れることが絶対価値になっているはず。今後は、設備を持っているところがますます強いと思います。ただ物を買う時代ではなくなっており、使う側が作り手の思いや過程を知りたくなっていることも背景です。
デザイナーが産地企業に会いに行って、互いのニュアンスをすり合わせ、世界でここでしかできないことを発信していく。有り物の生地を引っ張り出すのではなく、ゼロから一緒に作っていくことに、クリエイションの原点があると思います。生産工程を理解し、それを生かすことが、デザイナーの仕事。産地とデザイナーが互いに寄り添えれば、日本にしかできないファッションやプロダクトが生まれるのではないでしょうか。
■糸編(いとへん)
12年に日本のものづくりの発展と創出を目指すキュレーション事業のセコリギャラリーを発足。翌年、コミュニティースペースのセコリ荘を東京・月島にオープン。15年にウェブメディア「セコリ百景」を開始。同時にキャンピングカーのセコリ号で取材の旅に出て、金沢にもセコリ荘をオープン。17年に株式会社糸編として法人化し、繊維・ファッション業界の人材育成を目指す産地の学校を開校。同年にテキスタイルジャパンを始動。チームで年間200~250社の産地企業を訪れ、コンテンツ制作や書籍出版、展示企画、メディア運営、スペース運営、 企画、素材・商品開発、産地活性化、プロジェクトマネジメントなどにも携わる。
《記者メモ》
「ギリギリ赤字にはならないやり方がうちの会社らしいんですよ」。今の広範囲に及ぶ業務内容と多忙ぶりを聞いていると、もっと利益を追求し、従業員を雇ってもバチは当たらないと思うのだが、あくまで「小さい組織」を維持する。目先の数字を追いかけると、本質を見失うからだ。海外販売を例にすると「数字を取ろうと思うと、ビッグブランドしか行けなくなる」。今後は競争の激しいビッグブランドでなく、まだショーもしないような若いブランドへのアプローチが大事と考え、身軽さを生かす。日本の素晴らしい生地に触れてこなかったブランドに届ける方に時間を費やしたいと話す。小さなブランドが相手の商売は、資金回収などにリスクがあるが、「小回りの利く僕らだからこそできることがある」と前を向く。「どんどんチャレンジするために、会社をやっている」と進取果敢の心意気を語ってくれた。「彼ならやってくれる」。大手素材メーカーや商社、行政などから次々と依頼が舞い込むのは、そんな期待からに違いない。
(橋口侑佳)
(繊研新聞本紙20年10月23日付)