JR東日本グループで、東京駅のエキナカ・エキソト商業施設「グランスタ」などの運営を主導する。東京駅のエキナカ商業ゾーンを北側に増設し、8月3日にオープンした「グランスタ東京」では「これまでのエキナカにない」店舗揃えや環境整備、サービスに取り組み、コロナ禍にあって、一定の成果を上げつつある。新型コロナウイルスによる大きな変化への対応力を強めるため、人材育成などにも力を入れる。
コロナ禍でも新エリアは健闘
――グランスタ東京新エリアの売り上げ状況は。
当初は今年7月に開幕予定だった東京オリンピックに間に合うように、6月にオープンする計画でしたが、コロナ禍で2カ月ほど遅らせました。当施設はエキナカなので、駅の利用客数との相関が高いため、厳しいスタートとなりました。東京駅は周辺の大企業がテレワークを強化しているため、通勤利用客が減り、新幹線の起点でもあるので、出張や旅行での利用客も減少しています。周辺に住宅もありません。そのため、他の駅に比べて駅利用客数が大きく減少しており、グランスタもその影響を受けています。
しかし、10月以降はコロナ感染対策が浸透してきたことや、鉄道の割引施策や政府の「Go To トラベル」の効果もあって、駅利用客数、施設の客数、売り上げともに回復してきました。施設の売り上げは7月は前年比30%台から、10月で新エリアを含めて75%まで上がってきました。既存店は60%弱で、新エリアが20%弱の底上げ要因になっています。
――新エリアでの好調ゾーン、店舗は。
スイーツを中心とした食物販や東京駅の商業エリア全体に足りなかったため、強化分野に据えた飲食が特に好調です。数多くのテレビの情報番組で紹介されたこともあり、朝から列ができる店も多くあります。
食は食材にこだわり、今までエキナカにはなかった老舗、名店を積極的に誘致しました。高級な牛肉を提供する店や名古屋コーチンで他では食べられない部位を使った料理を出す店などです。「海鮮居酒屋羽田市場」「回転寿司羽田市場」ではJRグループの強みを生かして、朝とれた鮮魚を新幹線を使って店まで輸送し、当日に料理を提供する新たな取り組みを行い、お客様からも好評です。飲食は少しゆったりと楽しめる店舗を充実した一方、新幹線で東京駅を利用する人は30分前に駅に来ることが多いというデータもあったので、クイックに食べられるラーメン店や乗車前に「ちょい飲み」するゾーン「立ち飲み横丁」も作りました。こうした多様化するニーズに対応できたのが順調な要因です。
食以外の物販でも今までのエキナカにない、こだわりの店舗を入れました。雑貨「イデー」の新業態で、高額商品を充実し、物販も行うギャラリーも併設した「イデートウキョウ」や中川政七商店の衣料品中心の新業態「中川政七商店分店服」などです。売り上げはこれからに期待しますが、新しいエキナカの訴求にはつながっています。
全体として、鉄道利用客数と比較すると、健闘していると見ています。コロナがなければ、インバウンド(訪日外国人)の需要も期待できたので、かなり売り上げは跳ね上がっていたと思います。
――共用部も充実した。
地下1階~地上1階の中央を東京駅として初めて吹き抜け空間にして、新広場「スクエアゼロ」を作りました。東京駅構内の「銀の鈴」と並ぶ名所として待ち合わせの場などに活用してもらっています。鉄道は首都圏と地方の両輪で成り立っており、「地方創生」の取り組みもこの場所で積極的に実施しています。物産展を中心に様々なイベントを行い、新しい文化や情報を発信しています。縦型のデジタルサイネージ(電子看板)も3本設置し、物産展の出店企業がある地方の風景を同時に流すなどこれまでにない取り組みもしています。オンラインで地方の生産者と消費者をリアルタイムでつないだライブコマースも行い、好評でした。また、丸井グループと組んで、スマートフォンロールプレイングゲーム「グランブルーファンタジー」グッズの期間限定店を開設、今までエキナカに来なかった新しい客層が多く集まり、盛況でした。今後も感染対策をしながら、様々な新しい仕掛けをしていきます。
エキナカで快適に過ごす機能充実
――新エリア開業と同時に、スクエアゼロ以外でもエキナカとして新しい取り組みをしている。
スマートフォンの充電ができるコンセントを設置したベンチを配置し、壁面を緑化したフリーラウンジや、入り口の中央に水流の映像が流れるデジタルサイネージを設置したトイレなどを作りました。デジタルサイネージは新エリアだけで68面設置しました。スクエアゼロもそうですが、エキナカでも利便性と同時に、「快適に過ごせる」機能を重視しました。
併せて、「新しいデジタルプラットフォーム」として、駅構内の案内機能やEC機能がある多言語対応のスマホアプリ「東京ステーションナビ」を開設。同時に、JR東日本グループ共通の「JREポイント」を利用できるようにしました。これまでハウスカードがなかったので、お客様のニーズがデータとして把握できませんでした。アプリとJREポイントの導入によって、お客様の利便性向上と同時に、マーケティングデータを蓄積し、活用していきます。東京駅は時期や時間帯によってお客様の属性やニーズが大きく変わります。これを分析してデータ化し、その時々に応じて品揃えや什器を柔軟に切り替えたり、各テナントでのオリジナル商品開発を促進していきます。
エキナカには切符がないと入れません。グランスタでも入場券を買って入館するお客様が多くいます。こうしたお客様に対する新たなサービスの試験的な取り組みとして、10月14日から、JRと連携し、入場券を買って来館し、1080円(税込み)以上利用したお客様がレシートを見せると、入場券相当の140円分のJREポイントを還元する施策を始めました。来年2月まで実施します。改札があることによって、入ることに抵抗があるお客様を取り込むことが狙いです。
今までにないサービスと売り方が今後のエキナカ、商業施設全体に求められています。「進化」と「深化」が当社の経営と施設運営のキーワードです。
――環境が激変している。
従来型の縦割り組織や1社単独だけではこれだけの変化に対応できません。社長に就任してから「施設管理」「ESG」(環境・社会・ガバナンス)、「エリアのブランディング」など経営から提起したその時々のタスクに応じた横串のプロジェクトチームを作っています。部長以上がバックアップはしますが、課長クラスの若手にチームリーダーになってもらい、様々なアイデアを出してもらっています。ピーク時は20のプロジェクトがありました。東京ステーションナビはプロジェクトチームによってスタートさせました。
他の企業と協業して新しいものを作り出す「共創」もますます重要になっています。丸井グループとは期間限定店の導入以外でも新たな取り組みを始めています。AI(人工知能)・IoT(モノのインターネット)活用システムのベンチャー企業、バカンと組み、飲食店の空席情報やトイレの空室情報をデジタルサイネージなどで表示する仕組みを整備するなどオープンイノベーションも進めています。
――人材育成について。
これだけの変化に対応するためには、プロの商業ディベロッパーとしてスキルをさらに上げていかなければなりません。当社も全体の約4割が新卒から入社したプロパー社員で占めるようになりました。社員の育成は経営の最重点テーマです。
先程お話したプロジェクトの中にもスキルアップのチームを設けています。コロナ発生前からあったのですが、コロナ禍での変化を踏まえ、再編しました。
「型」にはまった考えや手法ではコロナ禍、アフターコロナにおける大変革の時代には対応できません。社員には考えたことの100%の達成ではなく、まずは50%を目指して実行することと、「できない理由を言わない」ことを言い聞かせています。ディベロッパーとして、色々な人たちの知恵をお借りしながら、形を変えていかなければならないと考えています。
■鉄道会館
52年9月設立で、JR東日本の全額出資子会社。東京駅構内のエキソト施設「グランスタ丸の内」、エキナカ施設「グランスタ東京」のほか、八重洲口の商業施設「グランルーフ」などの運営を主力とする。グランスタ東京は駅の地下1階~地上1階の北通路と中央通路の間を鉄道会館として開発、店舗面積約6500平方メートルに66店を入れた。既存エリアと合わせたグランスタ東京全体の店舗面積は約1万1300平方メートル、店舗数は153店(8月末時点)で、国内屈指のエキナカ商業ゾーンとなった。
駅周辺の植栽整備やレジ袋(プラスチック製買い物袋)の全店での有料化、フードロスの削減などサステイナビリティー(持続可能性)への取り組みにも力を入れている。
《記者メモ》
国鉄時代は主に土木・建設畑を歩み、JR東日本では生活サービス事業などのほか、フィットネスクラブなどを運営するJR東日本スポーツの社長を3年間務めた。東京駅の八重洲口側や渋谷、品川の大型開発も担当した。銀行への出向も経験した。自身は「JRグループ会社の社長としては、相当変わった経歴」と笑う。
こうした多彩な経験とそこから培ってきた事業や企業経営に対する考え方が生かされている。「今考えてみれば、ターミナル駅の開発や銀行勤務などで、他社との協業の在り方や事業性の判断、行政との連携などについて学ぶことができた」と振り返る。
座右の銘は「一期一会」。「人と会うのが好き。その出会い、機会を生かして、何か新しいことにチャレンジする」のがモットーだ。コロナの影響は受けているとはいえ、グランスタでの新たなチャレンジは軌道に乗った。今後計画する駅ソト部分の大型改装が楽しみだ。
(有井学)
(繊研新聞本紙20年11月27日付)