世界に売る ~東京デザイナーの現在地【1】~
ここ数シーズン、東京コレクションで力を付けた日本人デザイナーが、海外の卸先開拓に乗り出すケースが目立っている。「ヴェットモン」やロンドンの若手の台頭を背景に、新鮮なブランドを求めるムーブメントが世界的に広がったことや、為替状況なども日本人デザイナーの進出を後押ししてきた。
LVMHが主催するヤングデザイナー発掘プライズでファイナリストに選ばれ、17年春夏シーズンからパリでショーを開始した「ファセッタズム」(落合宏理)などがその代表だ。挑戦開始から数シーズンが経ち、何を得て、何が必要だと感じているのか。デザイナーたちに聞いた。
「ファセッタズム」 落合宏理さん
世界との間に壁は無かったと気付いた
――15年1月にパリ展を開始してから、海外卸先軒数の推移は。
17年春夏のレディス展終了時点で、メンズとレディスを合わせた海外卸先は100軒を目指しています。前シーズンから60軒超増えると見込んでいるし、増やさなきゃいけない。LVMHプライズに選ばれる前から、新進の尖ったブランドを買い付けるドーバーストリートマーケットの全店舗に入っていました。
モード色の強い、新しいジェネレーションのブランドだとは既に認識されていたと思う。LVMHプライズを経て、パリでショーをした17年春夏のメンズでは、米バーニーズニューヨークや英ブラウンズといったスペシャリティストアにも取引先が広がりました。自分たちはモードの王道でクリエーションを見せていると思っているし、店舗展開としても王道に広がっている手応えがあります。
――海外に出て一番何を感じたか。手応えは。
これまでは、日本から世界に出て行くのはハードルが高いって勝手に思っていました。世界のメゾンと僕らとは違うものだと思い込んでいた。でも、LVMHプライズに選ばれて、世界のモードの中心で一流のデザイナーや編集者の仕事に触れる中で、彼らのチャーミングさや物腰の柔らかさを目の当たりにしました。向こうは全然壁を作っていないって気付いたんです。
全てにおいて、僕は気を張り過ぎていたと思う。「東京のブランドだからどうだ」といった見られ方はなくて、ファッションシーンとしては世界も東京も一つ。それなのに、自分たちだけが勝手に壁を作って、身構えていました。
それに気付いてからは、パリでのデビューショーを含めてすごくリラックスしてやれました。ショー後に感極まって泣くといったことも全く無く。パリだから「よし、やってやろう」とか、「これがスタートだ」といったことはありません。肩肘張って戦うという感じではない。これまでだって常に戦っていたわけだし。
ブランドをやっていて、世界が売り先にあるから売るというだけです。パリでショーもするし、今までみたいに地方専門店で受注会もします。子どもがいるんだから、パリコレのバックステージにも連れていきます。デザイナーとして、自分のリアルな部分をモードの中に入れていくのが当たり前だし、普通のことなんです。
――日本の若手デザイナーにとっては、目指すべき存在の一人になっている。自身の経験を通じて、彼らに伝えたいことは。
僕より若いデザイナーに何か伝えるとすれば、自分の周りの“東京”をきちんとクリエーションとして表現できていて、それを世界に対してちゃんと見せることができるなら、世界が相手でも響くよっていうことです。
海外に出て、東京のモードのことなんて誰も知らないんだとも実感しました。でも、日本でちゃんとビジネスを成立させているブランドなら、海外でも普通にやれば普通に前に進めます。
もちろん、覚悟は必要です。でも、デザイナーになったなら、そこらへんは言わなくても分かるでしょ。
ヴェットモンと並べられる存在であると僕らが自覚しないと
――いま世界で売っていくには、個としてのクリエーションの力だけでなく、外部スタッフを含めどういうチームを作るかがすごく重要になっている。
17年春夏のショーの前に、パリの有力PRと契約しました。彼女はブランドをすごく気に入ってくれて、「パリで発表をするべきだ」と薦めてくれた。パリの最前線を知っている人に、「ヒロミチはこれ以上ヴェットモンに離されるな」と言われたことは自信につながったし、僕らが今そういう存在だっていうことを、自分たち自身が認識して行動しなくちゃいけないとその時明確に感じました。
デビューショーとしてはかなりの数のメディアが来てくれたし、今も海外からの問い合わせはどんどんきています。1回目としては良かったと思う。
――ビジネスを加速していく上での課題は。
世界で売るためには、クリエーションとは別に、サイズやデリバリーといった問題もあります。うちは運良くオーバーサイズ中心だからサイズはなんとかなっているけど、国内と並行して海外にもデリバリーするのはものすごく大変です。
卸先が増えるのはありがたいけど、増えたら増えたで資金繰りがシビアにもなる。だからこそ、それを支えられるだけ国内のビジネスが安定していないといけません。最終的に「生産できませんでした」では、バイヤーからの信頼が無くなってしまいますから。
資金繰りを安定させるために、プレコレクションも作っていかないといけない。実際に、17年のプレスプリングから企画していて、メンズの展示会と同時に見せています。デザイナーとしての仕事量は増えていて大変だけど、いまの時代のデザイナーという職業はそういうものだと思う。
――パリ展を始めて、1年半でここまできた。特に2016年に入ってからは、ブランドや自身を取り巻く状況は目まぐるしく変わっている。
ブランドとしてこうなりたいって思っていたことが、この数シーズンで次々と起こりました。すごく嬉しかったけど、想像よりも少しスピードが速かったな、とも思います。でも戸惑ったりはしていません。むしろ、ああ良かったという気持ちが強い。
今の時代に、僕らのような新進ブランドの仕事を引き受けてくれる工場さんや生地屋さんって、若手デザイナーを育てようとか、ファッションが好きという気持ちがある人たちです。僕らを信頼して、少ない数量からやってくれていた人たちに、一日でも早く還元したいって常に思っていたから。
アンダム賞とか色々な若手発掘のプライズがあるから、若い子達はどんどん出ればいいのになって思います。LVMHプライズがそうだったように、飛び級できる手段だから。
最終的に賞を取るだけじゃなくて、世界に出て揉まれると、これまでの日本的な視野が変わると思う。僕らより少し下の世代は、ベルギーや英国に留学していた人も多いから、また感覚も違うと思うけれど。海外について分からなくて、いつの間にかコンプレックスになっていたものが、この数シーズンの経験で違ったんだなと思いました。
◇17年春夏メンズ受注会終了時の海外卸し先軒数=約40軒
◇代表的な海外店舗=ドーバーストリートマーケット全店、米バーニーズニューヨーク、英ブラウンズ
【繊研新聞16年9月5日付けに掲載した記事を、一部加筆修正して掲載しています】
(ポートレート撮影=加茂ヒロユキ)
連載第二回はこちら→ 「不器用なりに攻めを見せたい」 山縣良和