【パーソン】ホットリンク執行役員CEO 桧野安弘さん SNSマーケ支援の代表企業へ
13年に東証マザーズに上場したホットリンクは、SNS販促支援事業や中国向けのクロスバウンド事業、アメリカでのビッグデータ販売事業の三つを手掛ける。国内事業であるSNS支援をつかさどるのが桧野安弘さん。インターネットの広告事業を手掛ける大手で働いていた約10年前からソーシャルメディアに着目し、その黎明(れいめい)期から事業としてコミットしていたSNSマーケティングの第一人者だ。若いころは岡山でジーンズの企画生産に携わった経験もあるだけにアパレル業界の窮状を気にかけるが、「世界が変わってもファッションがなくなることはない。コロナ禍の今が変わるチャンス」とエールを送る。
ソーシャルメディア伸び、米中に近づく
――会社の概要について。
特徴的なのは、GDP(国内総生産)のトップ3である日米中で仕事をしている会社という点。アメリカでは、ソーシャルメディア・ビッグデータのアクセス権を販売する「DaaS事業」、中国は、インバウンド(訪日外国人)と越境EC支援という双方向の「クロスバウンド事業」を行っています。
DaaS事業に関しては競合はほとんどいませんし、世界で一番多くソーシャルメディアのデータ流通保有権を持っています。中国のインバウンドは今は大変ですが、本土がいち早く回復しているので、今後盛り返せる。まとめますと、アメリカのDaaS事業でデータ流通をさせ、国内ではデータ分析をするツールも有し、そのデータを活用したSNSマーケティング機能があり、さらに中国でも展開できるグローバルカンパニーということです。SNSマーケティングの支援では中期的にはリーディングカンパニーになる目標を掲げています。
――前期(19年12月期)は売り上げが2ケタ伸びたが営業損失だった。
人材などの先行投資や一時的な費用がかさんだことに加え、データ市場の環境変化への対応に時間がかかりDaaSを手掛けるアメリカ子会社の利益率が悪化したことが響きました。そのこともあって、コスト削減を前期の末から進めたことで財務は健全化できました。今後売り上げが成長しなくても3年間は会社を維持できるキャッシュポジションになりました。
――企業にとってのソーシャルメディアの位置付けとは。
ポジショントークと取られそうですが、企業にとっては非常に大事なメディアです。日本では既存メディアが強いせいか広告市場を例にとってもまだまだ小さく、米中との差があまりに大きすぎる。メディアとしての力を発揮するのはまさにこれからで、伸び代は十二分にあります。
それで「これから」と言ったタイミングでのコロナ禍。どうなったかと言うと、企業業績の影響を受けてテレビCMは減り、通勤電車に乗る人が少ないから中刷り広告も減った。そもそも新聞、雑誌の紙メディアはコロナ前から部数を減らしている。そうしたなかでソーシャルメディアの地位が相対的に高くなりました。中国からは3年、アメリカからは1、2年遅れという中で、その差を詰めるチャンスが来たと認識しています。
――アパレルや小売りはどちらかと言うとECへの関心が高い。
例えば、EC化率10%程度のアパレルが、1年で40%とか50%に高めることはできません。となると、現有のリテールで頑張らざるを得ない。もっとも、今で言えばソーシャルディスタンスもありますし、かつてのようにふらっと店に立ち寄ることもコロナ前のようには戻りにくい。だから、購入対象を明確にして初めて店舗に行くケースが考えられる。となるとウェブとかSNSで十分にコミュニケーションを終わらせてから、店に足を運んでもらう。そんな役割を果たせます。
――アパレル企業のソーシャルメディアへの取り組みは進んでいるのか。
アパレル業界はそもそも、IT化にしても、メディアの使い方にしても残念ながら相対的に遅れています。ソーシャルメディアに関しても、担当者本人が利用していないから分からない。にもかかわらず、いまだに最先端と思っている節があります。
例えば、かつて支援していたある会社。メインターゲットが20代の人気ブランドですが、歴史を重ねるにつれ、お客さんも歳を取ってしまった。アパレルではよくある話です。そこで、若いユーザー獲得のために広告を打つことになりましたが、ターゲット世代がSNSや動画に時間を費やしているのに、テレビや雑誌に大きな予算を割いてしまった。
バブル世代の決済責任者は自分が若い時に強かったメディアの予算をまず大きく決めるからマーケティングの柔軟性が失われてしまう。よく聞く話ですよね? 代理店も、テレビなどマスで消化した方が楽だからマスに流れがち。若い人向けのブランドの多くが失敗している背景はこんなところにもあります。
――この間の売り上げ減でマーケティング予算はさらに限られる。
そのせいか、EC化率が低く売り上げの多くをリテールに依存している事業会社から、店舗への誘客目的にSNSを活用したいと相談されるケースが多いですね。20年度の第1四半期(1~3月)の売り上げはコロナ禍でも前年同期に比べ2.3倍に増えました。
SNSもECもまだなく、店が元気な時代は商品やブランドを直接触れる機会はありましたが、今はECが普通になってリアル店も元気がないから店で知ってもらう機会が少ない。百貨店なんかはそうですよね。それで、どこで知るかと言えばSNS。かつての百貨店の役割を果たしている。彼ら彼女らが自然に使っているSNSの中にファッションのコンテンツがないともう知ってもらえません。
コロナが生んだ可処分時間、動画視聴が奪う
――SNS支援の仕方は。
基本はソーシャルメディア・マーケティングの全般をやりますが、特徴的なのは「アーンドメディア」を重視している点。一般ユーザーが生み出すコンテンツ、いわば口コミであるUGC(ユーザー生成コンテンツ)を創出するためのマーケティングです。必要とあれば広告も打ちますし、運用のお手伝いもする。それらをパッケージにしたコンサルティングです。オウンドメディアやペイドメディア(広告)も否定はしませんし、運用上必要な場合は我々も使います。自らが発信するそれらのメディアとアーンドメディアの一番の違いは、後者は自分たちではない「他者」が発信している点です。この違いは大きい。
極端に言えば、ブランド側がSNS運用をしていなくても、口コミや指名検索が自然に出てるブランドはかなり高い確率でうまくいきます。10の口コミが出ればこれを100にする。口コミ→グーグルなどで指名検索→オンラインで購入というのがシンプルですが、今は一番効率が良い。これを徹底的にデータドリブンで推し進めていく。
――コロナの問題を経て感じる変化は。
外出自粛期間にソーシャルメディアに触れる時間がめちゃくちゃ増えましたよね。通勤はしないし、学校にも行かないわけだから当たり前。増えた可処分時間がどうなったかと言うと、ツイッターやインスタグラム、ティックトック、ユーチューブなどの動画に費やされました。多くの人が動画視聴の面白みを知ってしまった。
例えばインスタの「IGTV」の利用は低迷していましたが、急激に視聴が増えました。日本だけではなく、グローバルでもそう。視聴する習慣がついたのだから、そこにコンテンツがなくて良いんですかという話です。アパレルは商材として向いていると思うので、インスタライブをするとか、コマースに挑戦するとかできますよね。
――この傾向は当分続く。
可処分時間が確実に増えてますから、ウィズコロナの期間が長引くほどそうなります。私も動画をよく見るようになりましたが、テレビと何が一番違うかと言うと、「戻れる」こと。例えば、テレビで教養番組を見ていても聞き漏らしたらそれっきり。でもユーチューブとかネットフリックスなら戻れます。ユーザー体験としては非常に大きな違いで、メディアの消費の仕方に大きく影響するはずです。
――事業を進める上での課題は。
我々の施策のコストに対する効果をどう理解してもらえるかですかね。インスタなどから直接購入するのは日本ではこれからで、中国と違いライブコマース市場が醸成されるのもまだ先です。我々の施策の王道が、口コミ→指名検索→ECでコンバージョン。となると最後の経路はグーグルになり、ソーシャルメディアの施策の有用さが見えずらい。
そこまでユーザーを運んだのはUGCですよと説明しますが分かってもらえないことがあります。ラストクリックであるグーグルの前にツイッターで知った、インスタで知ったという事実をどう評価してもらうか。CPA(1客当たりの獲得費用)だけで測ると間違います。
ユーザーが自然にやってくれるUGCにはコストはかかりませんし、それが拡散され、いろんな人同士がつながってもそれも全て無料。そこから得られた指名検索もタダ。UGCを活用したソーシャルメディア・マーケティングの費用対効果の優れたところを〝CPA文化〟の人に理解してもらえれば、取り入れやすいかと考えています。
こう例えると分かりやすいかもしれません。かつては雑誌を見てショップで買う、今はSNSで見てECや店で買う。雑誌には効果測定が難しくても広告出稿はしていましたよね。それと同じです。
――逆にまだ伸び代はある。
特にECが強くないところは有用です。小売りに誘客できるマーケティングの媒体が少なくなっていますから、お役に立てるのでは。
コロナ禍を経て、アパレルは変われるチャンスにいると思います。コロナで世界が変わってもファッションがなくなるとは思えません。今は辛い状況ですが、新しいことにチャレンジする時期じゃないでしょうか。
■ホットリンク
2000年創業。08年ソーシャル・ビッグデータ分析ツール「クチコミ@係長」正式版をリリース、13年東証マザーズ上場。15年米国Effyis社を子会社化、同年上海普千社と資本提携を行う。19年度の売上高は36億9500万円。
《記者メモ》
一見こわもてだが、話し出すと親しみやすい人柄。サッカー観戦が趣味で、地元・仙台のベガルタサポーターだ。前職のオプトでは勃興期だったツイッターやフェイスブックの可能性に着目し、当時の社長と「握って」11年にソーシャルメディア事業本部本部長に就いた。
若いころに自身の会社でジーンズの企画・生産を手掛けており、頑強な「ケブラー」でジーンズを製作したことも。バイク乗りには大いに受けたそうだが、「丈夫過ぎて数はいきませんでした」と笑う。ヨーロッパの古着が好きで、過日も海外の古着ユーチューバーの番組で好みの古着を見つけて購入した。
ファッションへの関心も高くコロナで大苦境の業界が心配な様子だが、変化を厭(いと)う業界の実情に歯がゆい思いがあるよう。コロナ禍は会社にも業界にも変化のチャンスだと言うが、変化を起こせるのは当事者だけだ。「何があってもファッションはなくならない」というエールは、もっと頑張れという業界への叱咤(しった)激励だと受け止めた。
(永松浩介)
(繊研新聞本紙20年6月26日付)