アドエルム杉本代表取締役 〝ヒーロースーツ〟を作りたい

2021/04/11 06:29 更新


 アパレル業界に風穴を開ける存在になれるか――。鉱石由来の素材を使い、体の運動と休息効率を高める技術「アドエルム」を開発したアドエルム(東京)の代表を務める。同社がユニークなのは、従来の機能素材が吸水速乾性や伸縮性などのような物性評価にとどまっているのに対し、素材を身に着ける人の体に触れたときに起こる体の反応に焦点を当てて研究・開発をしていること。なぜ、これまでと異なるアプローチに行き着いたのか。同社が思い描く次世代の機能素材「2G(ジェネレーション)ファブリック」とは。

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素材と人体の生理反応を利用して

 ――アドエルムとは何なのか。

 人体の生理反応を利用した技術です。鉱石から抽出した様々な元素を調合したパウダーを繊維など様々な素材に加工して、その素材が皮膚に刺激を与えた時の反応を利用し、体の運動や休息の効率を高めるという仕組みです。

 人体生理学、脳科学、心理学に基づいて研究開発を積み重ねてきました。体のメカニズムを学びつつ、体のパフォーマンス変化をもたらす、あるいは体のコンディションを整えるといった目的に合わせて、体に生理反応を起こさせるよう働きかけるためには、どのような鉱石の調合パターンが最適なのか、検証を何度も繰り返して導き出してきました。今は四つの用途に対応したパウダーが揃いました。快適な入眠を促す「アド0」、リラックス用の「アド1」、日常的な運動や仕事の効率を高めたい人を対象にした「アド2」、アド2を上回る効果を発揮し、アスリートのような人を対象にした「アド3」があり、それぞれで商品を開発しています。

 ――開発の経緯は。

 自分自身も一人のアスリートとして、また長くスポーツ・カジュアルウェアの企画開発に携わってきた者として「人の体の能力を覚醒させるような技術ってないのかな」と考えていました。自分はアメコミ(アメリカンコミック)が大好きなんですが、「アスリートはヒーローじゃないか」とふとした時に思ったんです。社会や経済を元気にするし、人に希望とかわくわくを与えますよね。

 アスリートがヒーローなら、「彼らが身にまとうスポーツウェアはヒーロースーツでなければならないんじゃないか」。そこで、ヒーロースーツを作りたくなった。アスリートが自らの意思で着たいと思ってもらえるほど機能に信頼をおけて、かっこいいヒーロースーツを。

 ――技術との出合いについて。

 07年ごろ、イタリアの知人に紹介してもらったのが台湾企業が開発した技術「トリピュア」でした。これがアドエルムの開発に結び付くわけですが、当時はわけもわからないまま、「これを着けろ」と言われ、ブレスレットを着けた。すると、それまで鉱石系商品の効果を疑っていたのですが、体に変化が起こるのを感じました。これを生地に加工して、ヒーロースーツを作ろうと思い、10年から繊維と生地の開発を始めました。

 トリピュアの生地が完成し、13年から日本で販売することになりましたが、トリピュアには欠点があった。11種類の鉱石を組み合わせた技術なのですが、その成分があやふや。自分としては、せっかく体に反応が出ることがわかっているから、人の体にどんな反応が起こっているのかをはっきりさせて、それを価値として訴求したい。それで自ら研究開発をすることに決めました。

 ――トリピュアからアドエルムになった。

 まずはセラミックスメーカーの協力を得て、トリピュアの成分解析に着手しました。すると、鉱石の特性を相殺してしまうような相性の良くない物が混ざり合っていたり、求める効果に対して不要な物が混ざっていたりしました。そこで、体のパフォーマンスを変化させるとか、コンディションを整えるとか、用途に分けた技術を開発して展開しようという発想にたどり着いたんです。

 とはいえ、セラミックスメーカーの研究者からは、「鉱石の物性はわかるが、それが人の体にどう役に立つのかはわからない。それは自分で勉強してください」と言われ、そこからひたすら勉強です。それまでも元素に関わる知識や人体のメカニズム、どんな物質が体に変化を起こすのか、様々な論文を読み、知識を蓄え、理論を構築してきました。様々な研究者、試験機関の力も借り、被験者を募って着用時に起こる体の生理反応を基に筋電図、脳波、心拍、呼気代謝などの複合的な観点から試験、効果の検証を繰り返し、約3年の研究を積み重ねてきました。17年ごろ、アド2、アド3の元になる4種混合の独自のパウダーが完成し、アドエルムと名付けて技術の訴求を始めました。

個人の可能性高めるウェアと知識を提供

 ――2Gファブリックとは。

 様々なスポーツブランドが素材メーカーと作ってきた機能素材は、吸水速乾性や軽量性、伸縮性などいずれも素材の機能に焦点を当てて開発されてきました。自分はそれらを1Gファブリックと定義付けた。一方、人の体に触れた時にパフォーマンスが変化したり、コンディションを整えたりするような人の体に焦点を当てて開発した素材が2Gファブリックです。

 人の体には皮膚があり、これこそマルチファンクショナルウェアと言える物です。痛点、温点、冷点、圧点の四つの感覚器を備え、例えば寒さを感じると毛穴を閉じ、暑さを感じると毛穴を開いて発汗し、体温を調節する。そんな高機能な皮膚を身に着けているのなら、その機能を目的に応じて利用できる素材、あるいはその機能を拡張する素材を作ることができれば、まさにヒーロースーツが作れるんじゃないかと考えています。

それにもかかわらず、例えば吸水速乾素材で汗をすぐに吸い取って肌をドライにするってどうなのって思う。この話は自分が正しいと言いたいわけではないですよ。こういう視点を持って素材開発のアプローチを柔軟に変えていくことが必要なんじゃないかということです。

 従来の機能素材があったからこそ、スポーツウェアが発展してきたことは事実。ただし、どこかに矛盾を感じたり、別のアプローチがあったりするのなら、何度でも研究・開発を繰り返して、技術をどんどんアップデートしていくべきだと思います。物性の評価はできても、体との関係性については試験や評価の仕方など知識がないから、やったことがないから踏み出さない企業が多いと感じています。わからないことは自分たちでやってみて、知識を補っていけばいいはずです。

 強調したいことは、今のアドエルムが完成形ではなく、最高峰の技術だとも思っていないし、答えだと言いたいわけでもないということ。人の体にはまだまだ解明されていない領域がたくさんあると言われている。自分はその未知の領域に潜む可能性を研究した方がおもしろいと思ってやっています。

 ――「知識も売る」と言っている。

 自分たちが掲げる目的であり、揺るがない理念は「あなたの可能性を拡げる」こと。その一環で、今年スタートしたのは〝マインドビルディング〟です。人はその時々の情緒や固定観念によって、思い描くビジョンに対して遠回りになる選択をするようなことがありませんか。例えば、「海外に行きたい」けど、「仕事がある」のようにいろんな理由が壁になって目標がどんどん遠ざかる。そんな人に対し、今の状況と思考を整理し、目標達成に向けてどうすればいいのかを可視化し、未来を設計してあげようというのがマインドビルディング。自分たちがカリキュラムを組み立て、アスリートやビジネスパーソン、子供などを対象に知識やノウハウを提供していきます。

 ――アドエルム技術との関連は。

 アドエルムは厳密に言えば、知識がないと使ってはいけない物です。例えば、アド3の商品は「寝る時には着用しないで」と言っている。心拍が上がり、エネルギー消費が増える傾向がありますから。薬ではありませんが「用法・用量を守って正しく使う」ことが重要。マインドビルディングを通じ、目標に向かう心と筋道を整え、やるべきことを明確にすることで、必要な道具(アドエルムの商品)もわかる。最短距離で効率的に目標に向かうため、コンディションを整え、パフォーマンスに変化をもたらす知識とウェアを提供し、ヒーローを支えるのが、アドエルムです。

 ――必要な材料は揃ったか。

 技術も知識も、それらの情報を発信するメディアもあり、必要なピースは揃いました。ただ、自分たちは完璧ではない。あくまでプラットフォーム。そこに人が集い、一緒により良い研究・開発を続けていきたい。技術も知識も独占するつもりはさらさらありません。全部オープンにするからどんどんアイデアをください。たくさんの人の、たくさんの知恵とアイデアでどんどん進化していける、〝今あるベスト〟を常に導き出し、提案し続けていきたいと考えています。

すぎもと・たけし 1980年山梨県生まれ。幼い頃から野球に打ち込み、高校では強豪校に進みレギュラーをつかむも、不慮のけがに見舞われる。治療の過程で体と心の仕組みに関心を持つ。卒業後は米ハワイに留学。勉強の傍ら、サーフィンやスケートボード、ビンテージショップでの仕事に没頭し、海外の文化や価値観に触れ、2000年に帰国。スポーツ・カジュアルウェアの企画に携わった後、09年に独立。 

■アドエルム

 09年に杉本氏がスポーツブランドを主軸にしたデザイン・企画会社のデクワンを設立。台湾で開発された鉱石由来の「トリピュア」テクノロジーの日本における代理店業務を開始。10年に生地の開発に着手し、13年から生地の販売を国内で始めた。同時に自ら鉱石の成分と人体の仕組み、その関係性について研究に乗り出し、独自のパウダーを開発。「アドエルム」と名付けた。チャコットやアツギ、蝶理、清原などとのライセンス契約を結ぶなどで商品を拡大。20年、アドエルムに社名変更。東京・神宮前に本社兼直営の旗艦店を構えたほか、山梨県の山中湖近隣に物販、サービス、交流を目的とした複合型商業施設をオープンした。映像制作会社とも事業提携し、オウンドメディアを通じた情報発信にも力を入れている。

技術を開発する会社だがブランドイメージを重視して各種メディア制作にも力を入れる

《記者メモ》

 失礼ながら本人にも胸の内を明かしたが、5年ほど前に出会った頃は「アドエルム」技術に疑いの目を向けていた。何となく効果を体感できたものの「何だか怪しい」。取材を重ねるうちに、「探求心のかたまりのような人だな」と感心するほど、学ぶことに貪欲(どんよく)。未知の領域だからこそ、そのメカニズムや理論を検証し、怪しさをクリアにして示すことが大切だと、地道に導き出そうとする杉本さんの姿が印象的だった。

 本人は「探求しているという感覚はない」「努力もしていない」ときっぱり。「やっていることは、その時に『知りたい』という強い欲求が原動力で、夢中になるエネルギーで前へ進んでいる」とのこと。

 将来の目標は幼い頃から変わらず「世界の歴史に名を残す」こと。今、掲げているビジョンは「世界一のスポーツテックカンパニー」といずれも壮大だが、協業パートナーは国内外に着実に広がっている。機能素材、スポーツウェアの新しいグローバルスタンダードを築けるか、引き続き期待したい。

(小堀真嗣)

(繊研新聞本紙21年2月19日付)

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