巽繊維工業所は、奈良県橿原市にある靴下メーカー。東大阪市で撚糸業として創業し、数々の変遷を経て、現在地に本拠を移した。創業90年を超える老舗だ。03年に巽亮滋氏が3代目社長に就任すると、主力のOEM(相手先ブランドによる生産)が厳しさを増すなか、自衛隊員のハードな行軍にも耐える5本指靴下のオリジナルブランド「ガッツマン」の強化などに取り組んできた。長女の巽美奈子さんが入社したのは15年。「跡継ぎ娘」として、次世代に向けた企業の成長のために邁進(まいしん)している。
(山田太志)
1人何役もこなす
美奈子さんは菓子の専門商社に就職し、企画営業を4年半経験した。父からは後継に関する話はなかったというが、「それとなく祖父からは言われていた」という。靴下業界、産地の現状を承知の上で、覚悟を決めて入社した。各種の経営セミナーに参加しながら、靴下作りを学ぶ日々。営業経験があるとはいえ、靴下の知識は少ない。従業員10人の会社で、本人はもちろん、皆が1人何役もこなすのが当たり前だ。
試行錯誤の日々が続くなか、奈良県や関西経済連合会が昨秋にパリで「奈良―関西の夕べ」と題したイベントを開催。同社も奈良県の15社の一員として、ランナー向けの5本指靴下「ガッツマン・スポーツ」を出品した。「現地では足袋は知られていても、5本指靴下の存在自体が浸透していない。おもしろいという声が多かった」。16年から現地のセレクトショップ、メゾン和などで販売しているが、言葉の壁や実際のビジネスの難しさを痛感している。それでも「海外市場への挑戦は続けていきたい」
女性向けも構想中
一方、国内ではうれしいことがあった。ガッツマンでの技術蓄積を元に、父や奈良県産業振興総合センターの「靴下博士」である辻坂敏之氏の協力で、「真の究極の五本指ソックス」を開発。1月末にマクアケのクラウドファンディング(CF)に初挑戦したところ、初日で目標金額の10倍である100万円を突破。21日現在、330万円を超え、目標を大きく上回る金額が集まっている。
「正直、震えが来るくらい驚いている」。生産計画の修正はもちろん、素材確保に奔走する。売れ筋は黒を予想していたが、オリーブ、ブラウン系など5色が均等に注文されているため、急いで糸を確保した。注文と同時に、ガッツマンの長年のファンである自衛隊員から、足に関する様々な悩みを抱えていた男性まで、幅広い声が集まっている。
現在、ガッツマンは駐屯地の売店などのほか、楽天、ヤフー、アマゾン、自社サイトなどで販売している。今回のCFを機に、さらに拡販を進めたいと考えている。消費者の声を生かした商品のレベルアップ、サイズやカラーの拡充、新規販路の開拓を目指す。
2月の東京インターナショナルギフトショーには、奈良県が大きくコーナーを構え、同社もその中で初出展した。ガッツマンは男性中心のため、今後は女性向けの別ブランドも構想中だ。父と共に「靴下ソムリエ」の資格も取得、「色々なことにチャレンジしながら、この会社、このブランドを守っていきたい。日々勉強が続きます」と笑顔で語る。