ミッキー・ドレクスラー氏のウェビナーに学ぶ(杉本佳子)

2020/05/19 11:50 更新


 ニューヨーク市は、自宅待機命令が出て約2ヶ月たった。この間、毎週いろいろなウェビナーやコンファレンスをズームで聴いている。今まで聴いた中でとりわけ印象に残ったウェビナーとコンファレンスを1つずつ、私見を交えながら紹介したい。

 ウェビナーは、オンライン専門のファッション業界メディア「ビジネス・オブ・ファッション」が主催した、ミッキー・ドレクスラー氏のトークがさすがの内容だった。

 ミッキー・ドレクスラー氏は、ギャップとJクルーでそれぞれ長年CEO(最高経営責任者)を務めた業界の著名人。インタビューしたビジネス・オブ・ファッションの創業者、イムラン・アメド編集長によると、83ヶ国から1200人が視聴したという。


 マイアミのホテルに妻と滞在しているというドレクスラー氏がまず指摘したのは、店も売り場面積も在庫もブランド数も過剰になっているということだった。それでも今までやってこられたのは、ベンチャーキャピタルに潤沢な資金があって、10のうち1つか2つ成功したらとてもハッピー、そして会社を買っては売るという構図が成り立ちやすかったからと説明した。

 ドレクスラー氏は元々、マイクロマネジャーを自認しているという。「マイクロマネージングができなかったら、何の仕事をしてもうまくいかない」と話し、「これは顧客と何をするにも当てはまる。顧客とより多くの時間を費やすことだ」と続けた。

 ニューヨーク市では、ファッション小売店の再開がいつになるのか、まだまったく見えていない。私は3月半ば、臨時休業に入る直前のバナナリパブリックにたまたま足を踏み入れた。コロナの感染拡大を防ぐため、ほとんどの店が既に自主休業に入っていた時だった。その時店内にいたお客は私1人で、その時点で、「誰が触ったかわからない商品」を手に取ってみる気になれなかった。

 今後店が再オープンしても、その懸念は同じに違いない。ファーマーズマーケットでは、3月半ばからお客が自由に商品を触ることを禁じ、ラテックスの手袋をした売り手がお客から欲しいものを聞いて渡すようになっている。ファッションの店でも、同様のことが必要かもしれない。

 例えば店に着いたらお客はタブレットでチェックインする。あらかじめ、ネットで見つけて試着したい、実物を見たいと思った商品を予約しておき、販売員はその記録を見てお客が要望する商品(消毒済み)を消毒済みの試着室に持参する。お客が他の色やサイズ、異なる商品を試したければもちろんその場で要望できるが、お客と販売員の接触、お客と商品の接触を最低限に減らす必要はある。消毒も含めて細かい対応が必要になってくるが、お客が安心して買い物できる環境をつくるためにはやむを得ない。

 これが、オンライン販売していない個店だったら、尚更細かい対応が必要になるだろう。販売員がパーソナルスタイリストのようになり、顧客が求めているものを効率よく試着室に持参しなければならない。そのためには、お客の好みや過去に買ったものを熟知していることが必要だ。まさに、「マイクロマネージメント」が求められる。

 しかし、もしそれを実現できたら、お客のその店に対する信頼は絶大になるだろう。いつどこで感染するかわからない状況において、買い物のためにあちこちの店に出入りすることは避けたいに違いない。「あの店なら安心。あの店なら私の好みをわかってくれている。あの店なら欲しいものがたいてい見つかる」と思ってもらえたら、客数は減っても客単価は上がるだろう。パンデミックの時代に実店舗に行くのは、今まで以上に「わざわざ行く」ということになるのだから、「せっかく来たのだから何か買って帰りたい」という気持ちが今まで以上にあるだろうし、店はその気持ちに応えるためにより細かい対応が必要になる。ドレクスラー氏の「マイクロマネージメント」の話を聞きながら、私はそんなことを考えていた。

 ドレクスラー氏は現在、息子が創業したメンズウエアブランド「アレックスミル」を一緒にやっている。ソーホーに1店舗をもつ以外はオンライン販売している小さなビジネスだ。しかし、ドレクスラー氏は、今この状況においては、「たくさん店をもっているところほど大変ではないか。規模が小さくてよかった。1店舗でよかった」と話した。

 今後サバイバルしようとしている業界の同胞に対しては、①欲しいもの、ユニークなもの、スペシャルなものは人の動きを止めない②コモディティであれば今値下げしてでも売って在庫を減らすべき、とアドバイスした。「30~40年前に学んだのは、他が扱っている商品は扱わないということ」「お客は常に自分にあったもの、何かユニークなものを探している」とドレクスラー氏は語った。

 デパートについて聞かれると、「もう必要ない」とばっさり。デパートに行く目的は幅広い品揃えがあるからだが、今はアマゾンでそれができているというのがその理由だ。よほど編集がうまくされていなかったら、デパートに行く理由がないとみているという。ショッピングモールについては、「自分がモールの立場だったら、スペースをどうやって埋めたらいいか、想像もつかない」と明かした。

 「成長は敵だ」とも語った。「ギャップにいた時にロケットのように急成長したが、すべてのロケットはスローダウンする。しかし投資家たちは店を増やせという。可能なら、規模を小さく留めること」と話した。店を開けられない今、小売店は家賃をどうしたらいいか、頭を抱えている。ドレクスラー氏の話を聞いて、小規模の店ならではの利点があるのかもしれないとも思ったが、これについてはやはり、現実はかなり厳しいのではと感じている。

 ドレクスラー氏が最後に持ち出した例えは、「すごく美味しいローストチキン」だった。それがなかなかないというのが、ドレクスラー氏の意見だ。ローストチキンは多くの人に馴染みがあり、多くの人にアピールしやすいアイテムだが、「すごく美味しい」となると、それを食べられるレストランがぱっと思い浮かぶだろうか?ドレクスラー氏が言いたかったのは、多くの人に馴染みのあるアイテムをフィットや生地、デザイン、縫製、機能性などにおいて類まれなくらい秀逸なレベルでつくれたら大きな強みになる、ということかと思う。

 コンファレンスに関しては、4月21日と22日の2日間にわたって開催されたデニムの合同展、キングピンズを紹介しよう。今後しばらく、合同展はオンライン開催になる。このキングピンズでは、パネルディスカッションやインタビューの他、いろいろな会社説明が随所に入った。ブースを回っている時にはなかなかそこまで聞いたり知ったりする時間はとれないので、会社やブランドについてよりよく知るいい機会にはなったと思う。全体的には、サステイナブルについての取り組みに力を入れたプレゼンテーションが目についた。



 ものづくりの舞台裏を見せる動画も、その会社やブランドを臨場感をもって知ることができるツールといえる。


 バーチャルファッションショーもあった。


 ショールームで見せてもらっているようなスタイルをとった会社も複数あった。すでに取引があって、品質やフィットに関して十分な信頼関係ができているところであれば、この手法でオーダーをとれるのかもしれない。新規取引先をとるには、これだけではやはり課題が残るのではないだろうか。


 生地の感じと、製品にした時のイメージがつかみやすい例。今は、会社も合同展の主催者たちも手探りの状態だろう。キングピンズは6月23日と24日も、オンラインで合同展第2弾を開催する。1回目からどのように進化していくのか、他の合同展はどういうバーチャル合同展をやっていくのか、今後も注視していきたい。



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89年秋以来、繊研新聞ニューヨーク通信員としてファッション、ファッションビジネス、小売ビジネスについて執筆してきました。2013 年春に始めたダイエットで20代の頃の体重に落とし、美容食の研究も開始。でも知的好奇心が邪魔をして(!?)つい夜更かししてしまい、美肌効果のほどはビミョウ。そんな私の食指が動いたネタを、ランダムに紹介していきます。また、美容食の研究も始めました(ブログはこちらからどうぞ

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