今回は、拠点を変えることで顧客との関係性も変わることに気付き、活動の幅を広げている事例を紹介します。グラフィックデザイナーの酒井直子さんが09年に始めたジュエリーブランド「Todos」(トドス)です。人やモノに込められた思いをくみ取り、双方向の意思疎通を心掛けます。
拠点を変える
酒井さんは、コロナ禍でオンライン合同展示会など、新しいことに挑戦して視野が広がり「自社に足りないものが見えて、もっと外に出て学び、自ら動こうと思った」そうです。17年から東京・表参道で運営していた予約制のサロンを今春クローズしました。
きっかけの一つは、22年春に東京都世田谷区のアンティークショップで開いたジュエリーの修理とリフォームの相談会。カフェが併設された店内の一角で行い、来店客と話しているうちに「どこで、誰に、リフォームの相談をしたらいいか分からない」「気軽に手短に相談をしたい」人がいることを知りました。それ以前、サロンでは時間の制約なく、顧客との話に集中できると考えていましたが、「自分が出ていくことで、もっと気軽にオープンに人と出会えて、自分から提供できることが、もっとある」と感じたそうです。
今年11月にも、神楽坂の合同イベント「お誂(あつら)えの会」に相談ブースを出しました。ふらっと立ち寄った人が、自宅に戻って指輪を持って来たり、娘さんを誘って来たり。住宅街もある地域ならではの反応がありました。
その人のために作る
物作りは「誰かが誰かのためにやること」と考え、オリジナル商品も特定の人を思い浮かべて制作します。トドスの原点は、自身が幼稚園の頃から欲しかった叔母さんのルビーのリングを、30代半ばで受け継いだこと。「うれしくて胸が高鳴り、腰痛も忘れるような体験」をして、その人にとってお守りのような、特別なものを作りたいと思ったそうです。
オーダーやリフォームは、特に顧客の話に耳を傾け、コミュニケーションを大事にします。誰から受け継ぎ、どんな思いを持っているか。デザインの希望や大事にしたい点を職人にも伝えます。「そうすることで、顧客と直接、会うことがなくても、思いを込めて作ってもらえる」と感じています。顧客にも職人が話していたことを伝え、職人には顧客の喜びや感想を伝えます。
ジュエリーCAD(コンピューターによる設計)のCG画像もコミュニケーションの一つです。顧客にデザインを分かりやすく提示し、完成した時のイメージを共有します。「答えはお客様の中にある」と酒井さん。それを引き出して形にするのがデザイナーの仕事と捉えています。
■ベイビーアイラブユー代表取締役・小澤恵(おざわ・めぐみ)
デザイナーブランドを国内外で展開するアパレル企業に入社、主に新規事業開発の現場と経営で経験を積み、14年に独立、ベイビーアイラブユーを設立。アパレルブランドのウェブサイトやEC、SNSのコンサルティング、新規事業やイベントの企画立案を行っている。
(繊研新聞本紙23年12月27日付)