今年は「国連ビジネスと人権の指導原則」の公表から10年。昨年10月には、日本版の「ビジネスと人権に関する国別行動計画」(NAP)が発表された。企業にとって重大なリスクともなる人権への取り組みが、SDGs(持続可能な開発目標)やNAPの浸透を通じて加速することが期待される。
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児童労働撤廃年
NAPは、「人権を保護する国家の義務」「人権を尊重する企業の責任」「救済へのアクセス」を3本柱とする指導原則や、OECD(経済協力開発機構)多国籍企業行動指針、ILO(国際労働機関)多国籍企業宣言などを踏まえて策定され、「SDGsの実現に向けた取り組みの一つ」と位置付けられている。欧米ではすでに策定した国が多く、アジアで日本はタイに次ぐ2番目。NAPは企業に対して、人権デューディリジェンスのプロセス導入などを期待している。
持続可能なサプライチェーンの構築推進を掲げるNPO(非営利組織)ASSCの和田征樹氏は、「NAP策定に先立ってパブリックコメントが求められたことなどもあり、企業の意識が変わってきた」と話す。また、日常的にSDGsを意識する機会が増え、ジェンダーに関するニュースや新疆ウイグル自治区や香港、ミャンマーなど国際情勢にも連日触れている。環境が変わったことで、他人事ではないという意識や人権について言及しても良いという認識が広がり、「企業の意識変化」につながっている。
もちろん、すべての企業の意識が変わったわけではなく、まだリテラシーの低い企業も多い。
和田氏は「ここで本気で取り組まない企業は持続可能な事業ができなくなるのではないか」と指摘する。欧米ブランドでは、原料産地や工場における強制労働や児童労働をNGO(非政府組織)に指摘され、不買運動によりブランド価値や売り上げの低下を招いたという例が多数ある。日本企業でも技能実習生の待遇や海外工場での人権問題が批判されるケースが増えている。ASSCでも、繊維・ファッション企業から、セミナーへの参加や人権課題に対する問い合わせが増えているという。
21年は国連が定めた「児童労働撤廃国際年」だ。SDGsの目標8.7では「25年までにあらゆる形態の児童労働をなくす」とある。
20年12月にデロイトトーマツコンサルティング、オウルズコンサルティンググループ、NPOのACEが発表した「児童労働白書2020」によると、児童労働の従事者は16年時点で1億5200万人。年を追うごとに減少しているが、「25年にゼロ」を達成するには減少のペースが遅い。昨年のコロナ禍を引き金に、貧困化や社会的な労働監視機能の低下による児童労働の増加も懸念される。
白書では児童労働が発生する産業の一つとして綿花が挙げられ、栽培や種子生産で児童労働があるという。また、縫製現場でも児童労働があり、13年のバングラデシュのラナ・プラザ倒壊事故の被害者には10代が含まれていたという。
児童労働が発生している産業にカカオがあるが、オウルズコンサルティンググループの羽生田慶介CEO(最高経営責任者)は「チョコレートを扱う企業は本腰を入れ始めている。比べるとコットンは遅れている」と指摘する。消費者は児童労働フリーや現地の子供の支援につながるチョコレートを、コンビニやスーパーで簡単に手に入れられる。
対して、児童労働フリーのコットン製品を消費者が簡単に手に入れられる状況にあるだろうか。もしくは消費者から問い合わせがあったときに、児童労働に加担していないと自信をもって回答できるだろうか。
ESG投資も後押し
羽生田氏はESG投資の広がりも人権課題の取り組みを後押しすると指摘する。サステイナビリティー報告書のガイドライン「GRIスタンダード」では、環境よりも社会に関する項目が多く、ソーシャルの中でも多いのが人権の項目だ。人権への適切な対応ができていなければ、投資対象として選ばれなくなる。海外市場の開拓を進める企業や海外企業と取引する企業にとっても人権は避けられない課題だ。
日本では社員や直接の取引先、工場、地域社会に対して目を配り、よき企業市民としてルールにのっとり適切に誠実に対応している企業が多い。とはいえ、今は目に見える範囲に気を配るだけではリスクを回避することはできない。SDGsの前文に「誰一人取り残さない」というフレーズがある。サプライチェーンの隅々にまでリスクがあると理解し、誰一人取り残さないよう目を配ることが企業の価値向上と未来につながる。
壁田知佳子=本社レディスアパレル担当
(繊研新聞本紙21年3月8日付)