2月15日から25日に渡り、世界三大映画祭のひとつであるベルリン国際映画祭(以下、ベルリナーレ)が開催された。第74回を迎えた今年は、女優のルピタ・ニョンゴがベルリナーレ初となるアフリカ系審査員長に就任、また、最高賞の「金熊賞」には、セネガルにルーツを持つフランス人で女優としても活躍するマティ・ディオップ作品『Dahomey』が獲得し、ドキュメンタリー作品が受賞するという稀に見る結果となった。
個人的に感慨深かったのが、これまでに何度もベルリナーレに出品しているマーティン・スコセッシ監督が名誉金熊賞を受賞したことだ。名誉金熊賞とは映画界への長年の貢献を称える賞であり、マーティン・スコセッシ監督に授与されるのは当然の名誉ではないだろうか。『Perfect Days』で世界中を駆け巡るヴィム・ヴェンダースがプレゼンターを務めた授賞式では、81歳の巨匠をスタンディングオベーションで迎え入れたという感動エピソードもある。『レイジング・ブル』、『ギャング・オブ・ニューヨーク』、『シャッター アイランド』『ケープ・フィアー』など、ベルリナーレ出品作品だけでも名作揃いだが、最新作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』はまだ観れていないため、非常に気になっている。
また、日本映画への注目度が更に高まっていると感じた。『ドライブ・マイカー』でも知られる濱口竜介監督が『偶然と想像』で第71回ベルリン国際映画祭で審査員グランプリに値する銀熊賞を受賞し、翌年には審査員として抜擢されたことなども影響しているのだろうか?安部公房の小説を映画化した『箱男』は、開催前からかなり話題となっており、実際にベルリンの友人の多くが上映に足を運んでいた。
私はというと、友人から招待を受け、スペシャル部門に正式招待されていた工藤梨穂監督の『オーガスト・マイ・ヘヴン』と黒沢清監督の『Chime』の2作を同時上映で観させてもらった。工藤梨穂監督の作品を観るのは初めてだったが、自身で脚本を手掛けており、前作『裸足で鳴らしてみせろ』が第51回ロッテルダム映画祭・ハーバー部門へ出品されるなど、新進気鋭の監督として注目を集めている。若者たちの美しい青春ロードムービーではあるが、主人公の女性が、依頼人の親族や恋人、友人などを演じて冠婚葬祭や人が集まる場所に出席する代行業のことを指す”代理出席屋”で生計を立てているというちょっとシュールで現代的な設定が興味深かった。
”代理出席屋”の存在は現実の世界でも聞いたことがあったが、いろんな事情や人間の見栄、世間体、孤独を埋めるために需要があるんだろうなと思った。青春ロードムービーならではの美しい風景と都会の片隅に暮らすいろんな事情を抱えた若者のセンシティブな描写もよかった。
これまで多数のホラー作品を手掛けてきた黒沢清監督の最新作『Chime』は、自分にとっては思っていた以上にサスペンスホラーで恐怖を感じる作品だった。料理教室の講師で生計を立てている主人公の男性が生徒から「チャイムのような音で、誰かがメッセージを送ってきている」と、不思議なことを言われ、そこから自殺や殺人など次々とおかしな方向へ進んでいく。
本当は一流レストランのシェフとして働きたいがうまくいかない面接、意味不明なことばかり言ってくる生徒、互いに愛情がなく形だけの家族、そういった環境の中で徐々に壊れていく人間の様が描かれている。何より、役者たちの演技が淡々としているように見えて、実はものすごく歪んだ人間の残酷さがリアルに描かれており、ストーリーよりも人間の怖さにゾッとした。特に、主演を務めた吉岡睦雄の怪演っぷりが素晴らしい。
レッドカーペッドに使用されることもあるベルリンを代表する映画館の一つ「Zoo Palast」で鑑賞したが、平日の昼間でありながら8割の席は埋まっていた。それだけ日本の映画への注目度が高いと言える。来年はどんな日本の映画が出品されるか非常に楽しみである。
長野県生まれ。文化服装学院ファッションビジネス科卒業。
セレクトショップのプレス、ブランドディレクターなどを経たのち、フリーランスとしてPR事業をスタートさせる。ファッションと音楽の二本を柱に独自のスタイルで実績を積みながら、ライターとしても執筆活動を開始する。ヨーロッパのフェスやローカルカルチャーの取材を行うなど海外へと活動の幅を広げ、2014年には東京からベルリンへと拠点を移す。現在、多くの媒体にて連載を持ち、ベルリンをはじめとするヨーロッパ各地の現地情報を伝えている。主な媒体に、Qetic、VOGUE、men’sFUDGE、繊研新聞、WWD Beautyなどがある。