ベルリンのローカルクラブを代表する「Watergate」が今年いっぱいで閉鎖することを発表した。インフレ、戦争、ランニングコストの上昇などが理由に挙げられているが、一番の決め手となったのは家賃の高騰で、賃貸契約の更新をしないという決断に至った。ファウンダーの1人、ウリ・ヴォンバッハーは以下のように述べている。
「クラブカルチャーには経済的側面があることを明確に理解しておかなければなりません。ベルリンのクラブシーンは世界的に称賛されてきましたが、経済的側面においては見過ごされがちです。コロナ以降のベルリンの経済はまだ完全に回復していません。以前のように、クラブ好きのツーリストが世界中から押し寄せる時代はすでに終わり、多くのクラブが生き残りをかけて戦っている状態です。Watergateのような街の一等地にあるクラブを運営するには経済的プレッシャーが付き纏い、先行きの見えないバランスを取ることがますます難しくなっています。このような状況で無謀に運営を続けることは無責任だと思いました。」
シュプレー川に架かるオーバーバウム橋は観光名所の1つにもなっており、そのすぐそばに位置し、街を一望できる素晴らしいロケーションを誇るのが「Watergate」だ。2002年10月に3人のファウンダーによって設立された同クラブは、LEDライトに囲まれた2つのフロアーと外の景色を眺めることができるガラス張りの内装が特徴的。熱気に包まれたサウナ状態のフロアーからシュプレー川に浮かぶオープンテラスに出て、新鮮な空気を吸いながら向こう岸の景色を眺めるのが最高の瞬間だ。
あまりに有名になり過ぎて、”観光客が行くクラブ”というイメージが付いてしまっていた時期や良い音響でない時もあり、他のクラブと比べて訪れる回数は少なかったかもしれない。それでも、リカルド・ヴィラロボス、マシュー・ジョンソン率いるCobblestone Jazzの復活ライブ、今とは違う硬派なエレクトロニックミュージックを追求していた頃のBoiler Roomのイベントなど、様々な思い出がある。22年間にも渡り、ベルリンのローカルDJはもちろん、世界中からトップアーティストを招聘し、毎週末豪華ラインナップによるパーティーを開催し続けてきた。
厳しいドアポリシーや愛想のないクラブスタッフが多い中で、セキュリティー、クローク、バー、すべてのスタッフが感じが良く、常に笑顔で接してくれるのはここぐらいかもしれない。他のテクノ、ハウス箱に比べて、年齢層が高く、ラグジュアリーな雰囲気とチルアウトできるソファーが多数設置されていたのも好きだった。
ベルリンのクラブシーンの変化はもうずっと何年も前から続いている。コロナの前は高速道路の建設による立ち退きや騒音などの問題が浮上していた。ビルの老朽化など仕方ない理由の場合もあるが、これまでに数え切れないほど多くのクラブが閉鎖した。移転や新しいベニューが次々と誕生し、そこまで深刻に考えていなかったが、ここに来て「Watergate」のような余力がありそうな老舗クラブでもコロナ禍以降の経済状況の変化には太刀打ちできないことが証明されてしまった。
コロナ以前はクラブの入場料は10ユーロ〜15ユーロと良心的で、週末ぶっ通しで開催される24時間、36時間パーティーが名物だった。しかし、今では20ユーロ以上が当たり前となっており、バーの値段も上がっている。以前のように気軽に遊びに行けなくなってしまったし、次世代のクラブ離れにも大きく影響しているのではないだろうか。
さらに残念なことに「Watergate」だけでなく、「Renate」も2025年に閉鎖するという情報が入っている。「://aboutblank」も不穏な動きが多く、以前から噂が絶えない。昔から馴染みがあり、日常の風景に当たり前にあった愛着あるローカルクラブが次々と消えてしまうことは非常に残念であり、悲しい。クラブカルチャーの発信地が街の中心地から郊外へと移り出し、また新たなローカルカルチャーが生まれていることは本当に素晴らしいことだと思う。多少アクセスは不便だが、昔のベルリンを思い出させてくれるベニューも多く、わざわざ出向く価値があるのも事実だ。
「Watergate」は9月から年末にかけてクロージングパーティーを開催する予定だ。親交の深いCharlotte de Witte、スヴェン・ヴァス、リッチー・ホーティン、Marlon Hoffstadt、DJ Minx、ケリー・チャンドラーなどを始めとする錚々たる顔触れが集結する。かなりの混雑が予想されるが、ベルリンに移住したばかりの頃を思い出しながら最後の勇姿を見に行きたいと思う。
Watergate
https://www.instagram.com/watergate.club.official/
長野県生まれ。文化服装学院ファッションビジネス科卒業。
セレクトショップのプレス、ブランドディレクターなどを経たのち、フリーランスとしてPR事業をスタートさせる。ファッションと音楽の二本を柱に独自のスタイルで実績を積みながら、ライターとしても執筆活動を開始する。ヨーロッパのフェスやローカルカルチャーの取材を行うなど海外へと活動の幅を広げ、2014年には東京からベルリンへと拠点を移す。現在、多くの媒体にて連載を持ち、ベルリンをはじめとするヨーロッパ各地の現地情報を伝えている。主な媒体に、Qetic、VOGUE、men’sFUDGE、繊研新聞、WWD Beautyなどがある。