インドの手織り布と陶芸から生まれる日本人の美学(宮沢香奈)

2026/06/26 06:00 更新NEW!


5月27日から31日にかけて、ベルリンのプレンツラウワー・ベルク地区にある日本茶カフェ「kissabō」にて、2人の日本人作家によるエキシビジョンが開催された。本展は、ベルリンを拠点にパリやウィーンなどをはじめとするヨーロッパ各地でエキシビジョンやPOP UPに精力的に参加し、作品を発表し続けている陶芸家のYasuhiro Cúzeが主催し、栃木を拠点に活動するアーティスト磯部祥子が手掛ける「Itoshitsu(絲室)」とともに陶磁器とテキスタイルアートの作品展示と販売が行われた。

≫≫宮沢香奈の過去のレポートはこちらから


「Itoshitsu」は、2012年にスタートし、栃木県栃木市にアトリエを構え、日本各地のギャラリーで作品展示や販売を行っている。インド独立の指導者であるマハトマ・ガンジーが自立の象徴として推奨したことでも知られるインドの伝統的な手織り・手紡ぎの生地「カディ(Khadi)」を使用し、タペストリーのような布のパッチワークから、クッション、バッグ、ストール、ティーコゼ、アイピローなど日常で使えるアイテムも展開している。


カディの特徴は、手で紡いだ糸が一本一本わずかに太さが異なるため、自然な凹凸が生まれ、手織りならではの柔らかさと温もりのある風合いが生まれる。自然のままの生成色は、太陽の光を受けることでさまざまな表情を見せ、インドの農村部で長年に渡り、受け継がれてきた伝統技術の豊かさを感じさせる。

一方、Cúzeの作品も全て手作業によるもので、仕上がりにわずかな違いが出る1点ものだ。代表作である白い陶磁器のシリーズは、マットな仕上がりの外側とツルッとした滑らかな仕上がりの内側との質感の対比が美しい。非常に硬い材質の磁器と透け感のある柔らかい布という対照的な素材でありながら、その双方には手仕事ならではの繊細さと温もりが宿り、同じ空間で共存している。


なお、Cúzeは6月27日から7月12日にかけて、東京・恵比寿「Differ」にてエキシビジョンが開催される。白い磁器の蓋付きのルームフレグランスボトルと深い緑の重厚感のあるユニークなオブジェクトなど、多数の作品が展示販売予定となっている。

ベルリンでは初展示となる「Itoshitsu」について、磯部さんに話を聞かせてもらい、作家活動を始めたきっかけやインドのカディにこだわる理由などを語ってもらった。

「Itoshitsuを立ち上げる以前は、東京でインテリア関連の販売に携わっていました。しかし、『自分の手で何かを生み出す仕事がしたい』という思いが強くなり、以前から関心を抱いていたインドのカディを使った作品制作を始めたことが作家活動のきっかけとなりました。大学では服飾を専攻していたので、もともとテキスタイルへの興味がありましたが、カディに興味を持ったのは勤務していたショップでカディを用いたブランドに出会い、機械織りにはない手仕事ならではの揺らぎや不均一な美しさに惹かれたからです。

カディだけでなく、インドには以前から興味があり、知人の紹介をきっかけに単身で渡航しました。2016年に初めて生地を買い付けて以来、コロナ禍を除いてほぼ毎年訪れています。インドに単身で行くと言うと危険なイメージを持たれることもありますが、不思議と故郷に帰ったような安心感があるんですよね。それに、単なる買い付けにとどまらず、現地に行くことで創作のインスピレーションを得ることもできるので、毎年インドに足を運ぶことは私にとってとても重要なことです」


なお、インドでは手紡ぎ・手織りによって作られる生地を総称して「カディ」と呼び、カディコットンやカディシルクなど、さまざまな種類が存在するという。作品を作り始めた当初は、主にコットンを使用していたが、後にシルクやリネンも使うようになったとのこと。今回の展示では、韓国で見つけた透け感のある手織り生地を使ったタペストリーを新作として発表している。

「デザインやパターンはあらかじめ決めません。インスピレーションのままに生地をカットし、縫い合わせていきます。例えば、制作過程で素材の違うもの同士が偶然、隣合わせになった時にパッとアイデアが浮かび、そこから一気にスイッチが入って作業が進んでいくことがあります。扱っているのは生地ですが、洋裁というより工作という感覚ですね。洋服の緻密な世界は細かくて自分には合わないと思っていますし、織り目の方向や既存のルールに縛られることなく、自由にカットし、重ね、縫い合わせることができます。その即興性と自由度の高さが自分の創作スタイルに最も合っていると感じています」


「Itoshitu」は7月24日から27日にかけて、東京・東北沢の「下さんや」にて「anello」と題した3人展が開催される予定とのこと。

今回の会場となった「kissabō」の上品で落ち着いた空間も作品の魅力を引き立てていた。2026年2月にオープンしたばかりの日本茶専門店で「喫茶」と「茶房」を組み合わせた造語を店名に掲げる。オーナーはポーランド出身のゴシャ・ヤノヴェツとマルチン・ピョンコフスキの2人、都市の喧騒から離れ、丁寧に淹れられたお茶と向き合うことで、「静寂」と「マインドフルネス」を提供することをコンセプトにしている。

京都、滋賀、奈良、静岡などの信頼できる茶園から仕入れた抹茶や玉露、玄米茶、ほうじ茶を取り揃え、特注のオーク材カウンターでゆっくりと味わうことができる。土壁やイサム・ノグチの照明「AKARI」をはじめとする自然素材を活かしたミニマルなインテリアも印象的だ。さらに、開化堂 の茶筒や作家による一点物の茶器など、日本の工芸品も丁寧にセレクトされている。

カフェ文化が深く根付くベルリンでは、洗練された新店舗が次々と誕生している。しかしその一方で、日本の伝統文化や工芸、職人技術に対する深い敬意を感じさせる場所も少なくない。「kissabō」もまたそのひとつであり、今回の展示のように、日本人作家による繊細な美意識を作品を通じて、ベルリンの人々へ伝える貴重な機会となったのではないだろうか。


■Studio Cúze

https://www.studio-cuze.com/
https://www.instagram.com/studio_cuze/

■Itoshitsu

https://itoshitsu.com/
https://www.instagram.com/itoshitsu/

■kissabō

https://kissabo.com/
https://www.instagram.com/kissabo.berlin/

(Photography: Mio Miyazawa

≫≫宮沢香奈の過去のレポートはこちらから

長野県生まれ。文化服装学院ファッションビジネス科卒業。

セレクトショップのプレス、ブランドディレクターなどを経たのち、フリーランスとしてPR事業をスタートさせる。ファッションと音楽の二本を柱に独自のスタイルで実績を積みながら、ライターとしても執筆活動を開始する。ヨーロッパのフェスやローカルカルチャーの取材を行うなど海外へと活動の幅を広げ、2014年には東京からベルリンへと拠点を移す。現在、多くの媒体にて連載を持ち、ベルリンをはじめとするヨーロッパ各地の現地情報を伝えている。主な媒体に、Qetic、VOGUE、men’sFUDGE、繊研新聞、WWD Beautyなどがある。



この記事に関連する記事