世界最長の歩行者用吊り橋でのショー(若月美奈)

2021/04/30 06:00 更新


コロナ渦のこの1年、どれだけたくさんのデジタルショーを見たことか。昨年6月のロンドン・ファッション・ウィークに始まり、パリやミラノのメンズ、オートクチュール、その後秋の様々な都市でのショー。 コレクションスケジュールだけでなく五月雨式に単独で発表される映像を含め、今年に入ってからも300〜400、1年間にしたらその2倍以上のデジタルショーを見ている。

自称「デジタルショーフリーク」を名乗るように、ハマってしまったのだ。20年ぐらい前、ヨーロッパだけでなく東京のショーも含めて1シーズンに150のショーを取材していたこともあるが、その比ではない数のコレクションを見ている。

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マルケス・アルメイダ21〜22年秋冬コレクション

フィジカルなショーも100を超えると、シーズン終了後には見たことすらなかなか思い出せないブランドもある。一方、服のディテールまで覚えているショーもある。もちろん、服そのもののパワーは第一条件だが、演出などによって10年、20年たっても鮮明に記憶に残るショーがある。

印象に残るショーの条件は何か。もしかしたら、いやかなりの確信を持って言えるのは忘れがたいロケーションであること。

デザイナーは様々な理由でショー会場を選ぶ。新作の世界観を表現するために、それを最大限に伝える会場を選ぶだけではない。例えば、ポール・スミスは以前、移転したばかりのセントラル・セントマーチン美術大学新校舎内でショーをした。卒業生でも教師でもない彼がなぜここで? 「だって、みんな新しいセントマーチン見てみたいでしょ」とポール。サービス精神旺盛な彼らしい答えが返って来た。

普通に生活していたら絶対行かないような素晴らしい場所を見られるのは、コレクション取材者の特権の1つ。どれだけたくさんの教会や美術館、博物館を訪れたことか。最高裁判所やギルドホール、完成したばかりの高層オフィスビルの最上階など、通常入れない場所もある。 そして、「何ここ!」と驚くほどに印象的だった会場でのショーは、そこに登場した新作もセットになって記憶に刻まれる。

それは、デジタルでも同じ。

21〜22年秋冬コレクションでは、壮大な雪山を舞台に繰り広げられたミュウミュウで多くの人がそうした体験をしたはず。雪山に登場したモデルが身につけていたクロシェのアイテムやヘルメットのようなクラフトタッチの帽子は、きっと同じような景色を見ると条件反射で思い出すかもしれない。

いかにもマンハッタンといった高層ビルをバックに見せたウラ・ジョンソンの21年春夏コレクション、「次回のパリ旅行は20区巡りに決定」と思わせたエチュードの21年春夏メンズコレクションのように、ブランド的にはそれほど有名ではなく、決して特別な場所ではないのに、ここに行きたいという欲望にかられるロケーションも、同じ効果を発揮するようだ。

前置きが長くなった。

さて、4ヶ月に渡ってエンドレスに繰り広げられた21〜22年秋冬デジタルショーのロケーション大賞はマルケス・アルメイダに捧げたい。4月21日のバーバリーのレディスコレクションが最後と思いきや、その直後に公開され、正直なところ「もういいよ、秋冬コレクションは終わりにしようよ」と思いながら見はじめた途端、コンピューター画面に釘付けになった。

会場となったのは、昨年10月に完成した世界最長の歩行者用吊り橋「516アロウカ」。名称にもあるように516メートルある吊り橋は、ポルトガルのアロウカ・ユネスコ世界ジオパーク内にあり、高さ175メートル。


映像はその橋を望む壮大な景色からスタートし、シースルーの橋にキーカラーであるパウダーピンクのコルセットトップのファーストモデルが登場する。大げさなフリルやフリンジ、アシメトリーな布の流れなどを多用したこのブランドらしいデザインでありながらも、パウダーカラーを多用していつになく優しいコレクションをまとったモデルたちは、高所恐怖症でなくてもドキドキするような橋を淡々と歩く。

デザイナー夫妻のマルタ・マルケスとパウロ・アルメイダは、パンデミックになった1年前、子供達と一緒に母国ポルトガルに帰った。もともと、生産はポルトガルで行っているので行き来はしていたが、しばらくはロンドンのアトリエを離れて、ポルトガルで創作活動をすることになった。


昨年6月のロンドン・ファッション・ウィークでは、工場にあったあまり布を使ったカプセルコレクション「リメイド」発表。その後も様々な角度からサステイナブルな新作を発表している。今回見せたコレクションは、すでに2月のロンドン・ファッション・ウィークでシンガーのネニーのパフォーマンスとともにルックブックで公開した。そのルックブックは、廃棄植物からとったら染料やリサイクルデニム、リサイクルナイロン、オーガニックコットンといったサステイナブルな素材でグループ分けされている。

無駄をなくすという観点から、販売はブランドのサイトを通じての受注生産というDtoC形式をとっており、このルックブックでの発表から2週間限定で注文を受け、8月までに納品される。顧客は全アイテム、幅広いサイズ展開から選べる。

ということは、今回のショーを見て欲しい服があってももう買えないの? 早速デザイナーに問い合わせると、一部の商品はサイトと小売店でも発売されるそうだ。

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あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員



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