急激にインバウンド(訪日外国人)需要がしぼむ中、越境ECなど外国人向け販売チャネルが注目を集めている。リングブルがグローバルECのプラットフォーム事業を国内で本格始動した。初期費用や月額費用なしの料金体制に加えて、世界市場で成長できるような仕組みと支援体制を整えているのが特徴だ。世界の在庫を共有しながら多言語による顧客対応などの支援システムを完備。世界中に商品を届け、ブランドのファンを育てコミュニティーの創造を支援する。
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中長期的に世界で「売れる」を支援
――リングブルのグローバルECの特徴は。
元々は、楽天グローバルなどのシステムを使って日本のデニムを世界市場に一本一本売る越境ECからスタートしました。越境ECは、売れたものを日本から発送するという事業です。そこで感じたのは「越境ECは持続可能な事業ではない」ということでした。提供するグローバルECは、ひとことで言えば「シームレスなプラットフォーム」が特徴です。例えば、燕三条(新潟県)の包丁をそのまま海外市場で売るということが越境ECで、基本的には売ってそれで完結です。一方、グローバルECは継続して世界中で売っていくために、マーケティングやブランディングに対する投資構造を積み上げ方式で構築していくことが最大の目的です。売り上げは大事ですが2次的なもので、恒常的には3年、5年、10年と世界中で販売し続けるための構造を構築することで売り上げは自然についてきます。売りたい商品(ブランド)を世界市場で中長期的なマーケティングとブランディングを積み上げながら世界中にブランドのファンとコミュニティーを作ることで、企業体質もおのずとグローバル化が醸成されることも特徴のひとつです。
――海外で売れるだけではないのですね。
グローバルECを成功させるためには、それぞれの国や地域の市場と細密な会話をして、外国のクライアントやユーザーとどのように連携するかが重要になります。そのためには外国語が分かる人を採用して細密なコミュニケーションを取るなど経営の発想自体も変わってきます。海外で燕三条の包丁を買いたいという人だけにとどまらず、新しい商品開発やその国の市場に合致した商品を燕三条で生産できるようになることも可能です。
――なぜ越境ECは持続可能でないと。
例えば、海外では無名のブランドが越境ECでうまくいったとします。私も「デニミオ」で日本ブランドデニムを越境ECで販売してきた経験から、うまくいけばいくほどある壁にぶち当たります。それは、売れているブランドには現地企業も代理店として手を挙げます。現地にブランドの代理店がある場合、ブランドの人気が上がれば代理店から「同じもの(ブランドや商品)を本国(日本)からうちのシマ(販売エリア)には送ってくれるな」という大クレームがあがります。現地の代理店と競合関係を作って、かえって越境ECが邪魔になってしまいます。現に越境ECで足の引っ張り合いを演じ、ブランド同士がSEO(検索エンジン最適化)で競い合うことになり、互いのマーケティング効率を下げているケースも少なくありません。
――グローバルECにはそうした競合はないのですか。
考え方として国内ECと越境ECを統一した形態で運営するのと同じです。越境ECで認知が上がったブランドに対して、現地での代理店になると米国なら「.com/us」のドメインを与え、そのブランド商品を自由に仕入れてサイト上に表示することができます。訪問するユーザーのIPアドレスに合わせて表示するページが変わるので、ドメイン資産を一つのブランドで共通してためていくことも出来ます。
米国のユーザーがブランドサイトにアクセスすると、在庫に合わせた購入価格が表示されます。在庫を補完する倉庫には商品ごとに優先順位が設定されていて、米国なら米国内の倉庫、次がカナダの小売店といった順で表示が切り替わり、ユーザーがどの国からアクセスしてきたかによって優先順位が変わります。売れたら代理店あるいは現地の子会社から出荷し、ユーザーにとってはどこの倉庫から発送されようと表示価格で購入できれば良いので購入商品の到着を待つだけになります。入金の仕組みも商品を出荷した倉庫を持っている代理店や子会社に直接入金するので、バッティングが起こらず越境ECのように地域の小売店と競合することもありません。
現地の代理店や子会社はわざわざサイトを作る必要もなく、日本で頑張ってきたSEOや認知度という資産をそのまま引き継いで現地のトラフィックに乗せることも可能です。在庫がなければ他国の代理店がもつ倉庫から優先的に出荷し、出荷する際の通関手続きも契約に含まれているので商品を梱包(こんぽう)しておけば集荷に来てもらえる仕組みになっています。
満足を超えた感動と顧客体験を提供
――顧客メリットは。
顧客体験が優れていることです。越境ECのように現地価格と本国の価格が異なって顧客に混乱が生じることはありません。チャットやメールによる多言語対応の24時間カスタマーサポートがついていて、「カスタマーケア」としてお客様の満足度を上げるための中核部署であり、常に顧客が感動するぐらいのケアを目指しています。
――パートナー(クライアント)メリットは。
言葉や文化、ロジスティクスシステムなど、何もかもが異なる国・地域で顧客感動体験を確実に提供できるということが最大メリットです。私たちは「グローバルECのOS(オペレーティングシステム)になる」ことを目標にしています。現地の規制や規則、法律などを反映した様々なシステムやスペックの更新もパートナー企業が更新を行わなくても半永久的に自動的に更新され、必要な様々な体制を整えてパートナーを支え、3年後、5年後、10年後の中長期的に多数売れるような〝常態を作る〟ということです。
――成長の軌跡を。
当初は失敗例も少なくない。ひとつはパートナー企業に対して「リスク・ゼロ」という契約書を作ったことです。リスクがないから緊張感に乏しく、ソフトウェアは納入したが運用が後回しで、スタートしてもなかなか前に進まないという事態も経験しました。改めて、中途半端な気持ちではなく、互いが緊張感をもって事業に臨むような契約書に改めました。
――成長のきっかけは。
欧州のラグジュアリー大手のコングロマリット企業から大きなプロジェクトの契約が来たことで、18年に資金調達してシステム開発に投資できたことが成長に拍車をかけました。通常だったら数十年かけて蓄えなければならない資金を短期間で投資してもらったことで、チームも経験豊富なグローバルなDNAをもつネイティブな経営陣となっており「C級」から一気に「S級」に強化することが出来ました。
――営業の現状は。
スタートして1年で国内8社、海外2社がパートナーになりました。契約書を作り直し、資金調達してシステムの大改修を行い、調達先の大手コングロマリット企業の必要なシステムの改修に力を集中する必要があって2年ほど営業先の開拓を中止していました。現在2回目の資金調達を実施しており、昨年7月から本格的に日本の市場開拓を始めており、今春をめどに2回目の資金調達を進めています。日本では現在80社に増えています。これから中国、米国、欧州での営業を広げると同時に日本で市場を広げていきたい。
――日本での計画は。
日本は長期的視点でのマーケティングやブランディングに対する考え方や取り組みが欧米に比べると足りないと感じています。海外のラグジュアリーブランド企業は、新規ブランドや事業をスタートアップする時に「我々はこのブランドをこのようにして成功させたい」という明確な方針や方向性、考え方を示して、年間予算の8割をマーケティングやブランディングに費やす傾向がほとんどです。それを中長期でブランディング化が進むにつれてその予算を10~15%に落としていく手法を取ります。外国流を通せば良いということではありませんが、日本に合ったやり方を組み合わせながら進めていきます。
――どの分野を広げますか。
ファッション分野は一番クライアントが多い所であり引き続き広げていきたい。加えて化粧品や食品、アニメやキャラクターなどのコンテンツ分野を先行して取り組んでいます。
外国人から見て「面白い」と思うような商品が受けます。日本のクライアントにメンズインナーで独自の世界観を出して、顧客の半分が外国人というグローバルECで成功しているブランドがあります。外国から見ると極東の日本は謎が多くあこがれの国です。例えば「渋谷の落書き」が格好良いと思うのです。日本でもそうした文化や歴史を織り込んでいけば、最初から原価や卸値などのスペックを考えなくとも高い価格の商品でも、外国で商売ができ世界中に一気に市場は広がる、というのが私の考えです。そうすれば日本の産地も疲弊することもなくなると思います。
■リングブル
リングブルはグローバルECに必要なウェブサイトの作成から、決済、配送、顧客管理などの業務を統合、ワンストップでサービスを提供するプラットフォーム。海外展開のノウハウがない企業でもグローバルECサイトを開設することが出来る。特徴は、24時間多言語対応カスタマーサポートに各国の物流や法規制、関税手続きに対応。各国企業の倉庫から直接購入者に配送する。利用料は成果報酬型で初期費用、月額固定費は不要で世界18カ国に従業員を有し、国内外売り上げ数億円から数兆円規模の幅広いパートナー企業にサービスを提供している。日本では20年から本格的にサービス開始、現在80社前後。本社はシンガポール。プロスペクトフィールドが日本でのパートナー窓口。
《記者メモ》
インターネットが生活インフラの一部になってきた時代に、新たな手法でグローバリゼーションを切り開く。在住しているパリから日本の良さを世界に発信する。
「日本には日本人の気がつかない良さがたくさんある」と言う。「街がきれいで、便利で機能性の高い物を作り、公共で自由に使える。このような国は日本だけだ」ときっぱり。
一方で、「パリのラグジュアリー大手のスタッフとデニムの産地を訪れた際、古い織機を何度も直しながら今でも使って良いものを作っている」ことに感動。とくに「外国人はこの新しさと古さのギャップに驚き、日本に憧れる」と。ここに世界市場で優位に戦える素地があると説く。
足りないのは「中長期的な視点でのマーケティングとブランディングへの投資の姿勢」と強調する。リングブルは世界中のファンに商品を届け、日本企業の成長を支える、ネット時代の寵児(ちょうじ)になるだろう。
(小川敬)
(繊研新聞本紙21年1月18日付)