企業の成長持続のために知るべきこと 第3回

2015/03/17 16:07 更新


企業改革講座③
企業が成長を続けるために、知るべきこと、行うべきこと(その3)

第3回「近年、日本企業を弱体化させた三つの経営施策…そしてなぜ、これらが企業力を弱めたのか?」

 

 

 グローバル市場への積極展開やIT(情報技術)などの成長分野などで一部の日本企業が活況である一方、繊維、アパレルに限らず、多くの分野で歴史ある日本企業がかつての勢いを失っていることが指摘されます。国内景気などの外的要因で説明されますが、収益性の高さを維持しながら成長を続ける企業もあり、景況感のみで説明するのも、無理があるように思えます。

 日本企業での導入がはやった経営施策の中で、結果として、多くの日本企業のさらなる弱体化のトリガーとなってしまった経営施策があります。今回は、三つについて触れていきます。

 

■コンプライアンス(法令遵守)とは何のためのもの?

 海外のビジネスの場でよく聞くのが、日本企業が見る影がないほどに勢いがなくなってしまったという話です。高度成長期のころ、英語も上手に話すことができないのに、欧米市場に出かけていって市場を開拓する日本人の姿は、外国人の目には、まさしくサムライのイメージそのもの。「ジャパニーズビジネスマン」として映り、エコノミックアニマルという呼ばれ方もされました。

 先日、シンガポールで仕事をしている日本人女性がこんな話をしていました。「シンガポールのジョークで、一番仕事ができないのはシンガポール人で、二番目が日本人。理由は、英語がしゃべれないし、本社に聞かなければ何も決められない」。

 同じような話を他の国でも聞く機会が多々あります。ベトナム政府からの依頼で日本企業の誘致をしている方からの話です。ある案件があり、早速、その話を日本企業に持っていきました。その会社から返ってきた回答は「その案件について、検討するかどうかの検討に3カ月必要」だったそうです。

 結局、翌週来た韓国企業が即決でその案件を決めていったそうです。いろいろな決定ごとに慎重になるのは、日本の大手企業によく見られる傾向ですが、コンプライアンスが導入されたころから、この傾向がさらに顕著になっています。

 コンプライアンス自体は、企業が襟を正してまっとうな活動をするための指針を明確にするという意味では全く正しい概念です。ところが法律事務所の方と話をしていていつも話題になるのが「やり過ぎコンプライアンス」です。

 コンプライアンスが義務付けられて以降、基本ルールとして全ての契約書は法務部のチェックを通す企業が多くなっています。法務部門は自社がコンプライアンスを順守し、どこから聞かれても自社の行動を正当に説明できる状態にすることを使命と考えます。法務のチェックを通った書面は多くの場合、条項や書き込みが増え、より厳しいものになります。

 法務部門からすれば、自社の意思決定と行動を外部から指摘された時に安全にしなければ、自らの責任が問われることを考えますので、商売拡大の挑戦よりも「襟を正す」ことを優先させる見解を示すことも出てきます。

 一例をあげると、グローバルビジネスでは、多くの欧米企業は、現地国のコンプライアンスコードに従ってビジネスを進めます。ところが日本企業は、現地の実態を熟知していない本社法務の見解に照らし合わせながら判断しますので、結果として海外でも日本のコンプライアンスコードを順守しようとします。これでは、現地企業、欧米企業と渡り合う上で不利な条件を背負うことになります。

 つい先日、ある弁護士と話をしている時、こんなことを言われました。「弁護士の立場で言わせてもらう際は、確かに安全側に振った見解を示すが、同時に『企業として本当に、それでいいのですか?』と言わせていただく場合がとても多い」。この話をよく考えてみると、法務部門は分業され、自身の使命に忠実に職責を果たしているだけなのです。

 法務は、事業の成長を使命とする経営者ではありません。様々なリスクを踏まえた上で、経営の立場で判断をするのは経営者の責務のはずですが、法務の出す見解に従う、あるいは任せきってしまっている経営者が増えているようです。しかし本来、情報を把握し、リスクのシミュレーションも行った上で、企業の成長のためにどういう挑戦をすべきかという判断を行うのが経営者の一番の使命のはずです。

 法務だけではなく、一般的に本部機能は、自らの責任を問われてはたまらぬと安全側に振った見解を示す傾向があります。法務であれ何であれ、企画、検討を丸投げするのではなく、経営の意志ありきとして「こうしたい」を明確にすることが必要ということになります。

 コンプライアンスは、やらない理由を明確にするためではなく、やるべきことをいかにやるかのシナリオを明確にするためのものなのです。

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■そもそも成果主義の人事評価が生まれた背景は?

 成果主義を取り入れているアパレル企業での話です。あるブランドのMD(マーチャンダイザー)たちは、ブランド長の指示を無視することがあります。この企業では、期初にそれぞれのKPI(重要業績評価指標)を設定し、その数字の達成度合いで、個人の評価が決まり、業績給が決まり、昇格、昇給の基準となるルールになっています。

 そこではブランド長による評価はほとんど影響がないため、担当者は自身のKPIを追いかけることにのみ集中します。システムとしては非常に素晴らしい出来に見えるこの企業なのですが、中にいる人たちは「空気が薄い」と表現します。

 ブランド長の指示を無視できる組織は、マネジメント不在の状態と言えます。おそらくブランド長は、本部機能からの連絡事項の伝達役としてしか機能しておらず、極論すればロボットかコンピューターでも支障はないはずです。

 仕事の成果を数値化して「見える化」することはとても重要です。ただしそれが評価の全てになる状態は、やはり企業としてはおかしいでのす。

 米国は古くはGM、フォード、コカ・コーラ・カンパニーなど、近年ではIT分野で素晴らしい企業を数多く生み出してきている国です。ところが、かつて素晴らしかった企業がおかしくなっていくことが多々あります。米国自動車産業は、リーマンショックの際に、ほぼ事業継続不可な状態に至りました。

 これは、株主の代表である取締役会から「事業価値の向上」を使命として与えられたCEO(最高経営責任者)が、配当と株価の単年度の収益をあげることばかりを優先させたためです。本来、不振状態に陥った企業で、もっとも重要なことは中長期的視点での経営施策なのですが、これをなおざりにしたのが原因です。つまり単年度の業績がCEOのKPIになっていて、帳尻合わせを続けたために起きた惨劇であると言えます。

 もともと米国企業は日本企業と異なり、上長の指示(ディレクション)は絶対的です。働く者にとって上長に気に入られることはとても重要になります。

 このような社会的背景で生まれてきたのが成果主義評価の考え方です。人の評価に主観的側面が強かったのが米国企業ですから、必然的に客観的評価指標が求められることになります。

 成果主義については、すでにいろいろな場で批判的な意見が出ており、運用に修正を加えた企業も多い。どのような施策、経営理論なども、新しいもので自社に経験がない試みであればあるほど、導入前の思惑とは読み違いが起きるものです。重要なことは、それに気が付いた時に素早く修正行動をとる、すなわちPDCAを回すことです。

 さて、ここでよく起きがちなパターンがあります。例えば、経営企画室が起案して、成果主義に基づく人事制度を導入した場合、経営企画室が自分の非を認めたくないために、現場で起きている問題を黙殺してしまうケースです。時として経営企画室は「エリート然」とし、「官僚たるもの、間違いは犯さないものである」を地で行く行動をとることがあります。

 事業を創業した経営者は、体験から新しい試みには、必ず読み違いが含まれることを理解していますが、その後の代になると、知らず知らずに減点主義を実践してしまうことがあり、担当者は失点を避けようとし始めます。新しい施策の導入時には、調整が必要だと言う前提に立ち、PDCAを回させることを、経営側が意識して企業文化にしなければなりません。

 前提におくべきは「人、性善なれど、性怠惰なり」です。そして何よりも成果主義の人事システムの導入は、決してマネジメントの放棄のことではないことを忘れてはなりません。


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■ERP導入によって起きる功罪

 ERP(Enterprise Resource Planning)は、企業全体を経営資源の有効活用の観点から統合的に管理して、効率化を図ろうという考え方で、日本でも多くの企業で情報システムパッケージとして導入がなされています。ERPは、ひとつの経営思想の下に設計されており、その前提にあるのは計画(=予算)立案の精度の高さです。ERP自体、経営の予算達成に向けて、全体感をもって管理しようという思想で設計されたシステムであり、それに非を唱える筋のものではありません。

 ただし、計画立案の精度が高くないまま導入してしまったために、悪い意味での「計画主義」に陥っている企業が多くあります。

 計画の立案精度が高くない状態の企業がERPを導入した場合、特に効果、効率を追求する、経費の使い方の工夫が弱くなる傾向があります。

 もともと日本の優良企業では、使われる経費については、毎回、効果を精査しながらPDCAを回して「改善」を加えながら経費効率を高めていって結果としてコストダウンと効果の向上を図るという知恵の使い方がなされてきました。ところが計画主義となると、よほど「練れた」計画の精査機能が動いていない限り、計画そのものが理にかなわない根拠の下に立案されてしまうことがあります。

 いったん計画が承認されてしまえば、予算の使い方は担当者に任され、あとはオンライン承認です。マネジャーが申請のたびに呼びつけて確認するというようなことをしなければ、牽制(けんせい)は利きにくくなります。運用において「今回のチラシの発注は、前回の検証を踏まえて、どれだけ効率を上げ、効果アップの見込みをしているか」などの細かいチェックを習慣づけられているかどうかが、大きな課題になるのです。

 「わが社はERPを導入して以来、期末になると備品が増える傾向があるんです。多分、期末になると翌年の経費予算を削られないように、必ずしも必要ではないものを購入し経費を使い切っているのだと思います」。

 このような話を聞くのは1社や2社ではありません。表面上は効率化のための導入ということになっていますが、その実態は、1件ごとの経費の使い方の精査、検証、学習が甘くなることが現実には起きるわけです。

 これはERPの問題という話ではなく、システムの特徴をしっかりと把握せずに、何が起きるかの検証と想定なしに導入してしまったために招いた結果といった方が正しいのです。

 そもそも、ERPが開発され広がった欧米と日本では、マネジメントのスタイルが違います。運用が始まると実務担当者たちはすぐにこの点に気づきますが、成果主義人事システムと同じく、導入責任者が問題点を経営側に上申できるような、優れた企業文化を有している企業もあまりありません。

 結果として、企業経営におけるもっとも重要なテーマである「常に、経費をより有効に使う方法に知恵を絞る」という、面倒だが皆が行うことで企業の力がつくことを放棄できてしまうのです。

 ある会社の事例です。管理レベルが低かったため、外部から入った役員がERPを導入させました。ところが計画の立案精度が低いところにERPが入ったため、声の大きさのみで計画が決定し、自部門が自由に使える予算の確保が勝負という、おかしな状態になってしまい、理に適った経費の低減がなされない状態になってしまいました。

 トヨタ系のある企業では、ERPを入れるかどうかで情報システム部門責任者と、社長直轄の改革担当部長の間で大激論が起きたそうです。「どこの企業も入れているシステムだから、うちも入れるべき」という情報システム部の部長と、「トヨタの強さは、都度の施策の効果検証を徹底することだ。計画主義では弊害が出る」と主張する改革担当部長の議論は最後までかみ合うことがなく、経営判断で導入を見送ったそうです。

 ERPは高価なため、導入後に問題点を指摘することを主管部門がはばかってしまい、「うちは、かつてPDCAを回していたころのような経費低減がなされなくなったような気がする」と経営側が感じてはいるが、社内で何が起きているのかわからない状態なのでしょう。

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■問題の本質は何なのか?

これら三つの施策の導入に関連する課題をよく考えると、施策そのものが問題ではないことがわかります。まず、はじめに、

・施策の導入に当たって、何のために導入するのか、その具体的な施策の設計には、何が前提にあるのか、想定される課題は何なのかの検討が不十分だと、問題が起きる。

・事前検討をしっかりと行える能力が仮に社内に無かったとしても、導入後の状況をしっかりと見て、想定されていなかったことが起きていれば素早く手を打つ、調整動作を取るのは、企業の運営では当たり前のこと。

・現実には、自分にマイナスの評価が付くことを恐れる導入担当者が、起きている問題を静かに隠蔽(いんぺい)してしまうことがある。おそらく本人は「他社の導入の実績がある」「経営も承認した」「良い点があるのに、ちゃんとやらない部門が悪い」と、「だから、自分は悪くない」という結論に至り沈黙してしまう。

・この問題の根にあるのは、企業文化を根幹から変えてしまう危険性のある施策に対して経営側が「人、性善なれど、性怠惰なり」という視点に立ったPDCAを回しておらず、ただ、性善説に立って丸投げをしてしまっているということです。

 新しい経営施策は今後も次々と現れてきますし、それらの中には大きなメリットと共に、副作用の危険性をはらむ「もろ刃の剣」となりうるものも数多く存在します。副作用をふせぐためには、経営が判断の精度を上げ、かつ修正を素早く行える体制、すなわち経営視点でのPDCAが回る体制づくりを強く意識をすべきであると言えます。



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