従来のスポーツマーケティングの主流は、トップアスリートと契約し、自社製品を着用した選手の活躍をてこにブランドの認知やイメージを高め、販売促進につなげるものだ。しかし、SNSなど個人で発信できるデジタルツールの浸透で、多額の資金や大きな組織を持たなくても、やり方次第で宣伝効果を高められるようになっている。
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■名・顔出しで親近感
SNSなどデジタルツールをうまく活用できているブランドに共通するのは、過度に作り込んだコンテンツではなく、良い意味で素人感があり、エッジの利いた企画をタイムリーに連打できていることだ。費用をかけていなくても、内容にリアリティーがあればユーザーの関心を高めるケースが多い。そこでポイントとなるのは、実名・顔出しによる発信だ。
「顔出しをしてインスタライブを発信することで、お客様にブランドを深く知ってもらい、親近感を感じてもらえるようになった」
こう話すのは、ゴルフウェアブランド「ジャックバニー」(TSIグルーヴアンドスポーツ)でブランドディレクターを務める梅林美希さん。20年からブランドの公式アカウントで実名・顔出し「出演」を始め、この1年でフォロワー数を約2万人増やした。売り上げも過去最高を記録しているという。
梅林さんが関わる企画を見ると、良い意味で作り込まず、素人感のあるものが多い。例えば、店頭で「ディレクターに接客されませんか?」と募集し、名乗り出た客を梅林さんが遠隔接客した動画。ライブ配信のため、客の試着時などに変な間があり、おせじにもクオリティーの高い映像とは言えないが、最終的に梅林さんが客とどっきり対面する場面は面白い。
フォロワー同士が企画したゴルフコンペに梅林さんがサプライズ参加し、フォロワーの喜ぶ様子を生配信した回では、見ている側も仕掛け人になった気分を味わえる。その回の視聴数は8500を超え、モデルやプロカメラマンを起用して制作したブランドの公式動画再生数を上回っている。
こうした「手作り感」あふれる動画のほうが注目されることについて、梅林さんは「作業的に投稿されるものより、自らの意志と言葉で発信するほうがインスタではお客様との距離が近づく」と言い切る。企画内容も「デジタルツールを使ったブランド側からの発信というと、一般的には商品の紹介が多いが、私はできるだけぶっ飛んだ、奇抜でエッジの利いたものを考えるようにしている」と話す。
同様の事例は他ブランドでも生まれている。無名だったランニングシューズブランド「オン」を、わずか5年で日本に根付かせたオン・ジャパン代表の駒田博紀さんは、大手ブランドのように億単位の広告宣伝費を投じられないなか、自らトライアスロンなどの競技者となり、ブログやSNSに名前・顔出しで地道に発信を重ねた。すると、いつの間にか競技者のコミュニティーに入り込め、彼とオンを応援するメディアや小売店関係者が増加。その後は自然とビジネスも広がり、売り上げは3年で10倍になった。ハッシュタグ「onfriends」のインスタ投稿数は、3万件に上る。
■脱・秘密主義
もう一つのポイントは、脱「秘密主義」だ。急成長中の新興キャンプ用品ブランド「ヨカ」でデザイナーを務める角田崇代表は、製品開発の過程をユーチューブに投稿している。他社からの模倣を防ぐため、スポーツ・アウトドア業界ではファッション業界以上に発売前製品に関する情報管理が厳しい。しかし角田さんは、「デザイナーがうんうん唸っている姿を見て、楽しんでもらいたい」と、開発途上の製品スケッチやサンプルを惜しげもなく見せている。視聴者はリアルタイムで進む新作の進捗が気になり、継続視聴し、自分も開発当事者のような感覚を持つようになる。こうして完成したテント「ヨカティピ」(2万9000円)は、19年12月に発売後すぐに500張の予約が入った。以降も人気が衰えず、21年1月には計7回目となるオーダーを受け付けている。
ブランディングにとってイメージを崩すような「粗さ」は厳禁だ。しかし、これまで見てきた事例から言えるのは、双方向性の高いデジタルツールの場合、多少クオリティーに課題があっても、作り手の思いや感性が受け手に伝われば、大きな反響を期待できることだ。
もちろん個人が前面に出るこうした手法は、演者のプライバシー保護やコンプライアンス上の問題など様々なリスクもはらむ。重要なのは、組織の責任者が想定しうるリスクへの備えをしつつ、ある程度の個人の裁量を認め、現場の創意工夫を引き出すことではないか。
杉江潤平=本社編集部スポーツ・アウトドア担当
(繊研新聞本紙21年2月1日付)