ファッション(fashion)って<流行>という意味です。その時代を生きる人々の思いを反映しながら、一歩先を行く時代感を服や身の回り品を通して表現できるところが魅力。いつの時代も新しい生き方を求める若い世代がファッションを引っ張ってきました。でも、ファッションと若者の関係が最近ちょっと変わってきました。流行を取り入れた服を安く大量に売るファストファッションが広がる一方、デザイナーブランドにあこがれる若者が減り、ファッションスクールでさえ「あこがれのブランドは特にないよ」と答える学生が目立ちます。
「いったいどうなってるの」「服とファッションの魅力をもっと知ってほしい」。ファッション業界ではそんな声が上がっています。このテーマについて、ニューヨークでファッションデザインを学んだ服飾系専門学校の校長と、コムデギャルソンとの運命的出会いがその後の人生を決めたファッションジャーナリストに語り合ってもらいました。(構成・吉川新吾)ー7月12日付けプチh(アッシュ)より【フルバージョン】
小嶋昭彦(目白ファッション&アートカレッジ校長)×赤間りか(繊研新聞記者、ファッションジャーナリスト)
■いまどきの若者
小嶋 入学前は白紙の状態の子が多いですね。最近は。有名ブランドに対して驚くほど無知ですよ。でも、デザイナー志望の学生はマニアックなブランドに詳しかったり。変化は感じますねえ。
赤間 関心の方向は違っているけれど、ファッションに憧れを抱く若い人はいますね。
小嶋 やはり自分流の生き方、世界観を表現できるのがファッションの魅力。その感じ方は私たちの若い頃と変わらない。でも、今はその実現の仕方が有名ブランドとは限らなくなった。
赤間 昔はファッションと言えば、有名ブランドしかなかったですから。
小嶋 でも美のセンスだったり、世界が認めるクリエーションの基礎的力量は不変ではないでしょうか。ここをしっかり押さえた教育を充実させねば、といつも自分に言い聞かせています。
■ファッションとの出会い
赤間 私の母は戦後すぐの洋裁ブーム”世代。文化服装学院に通い、小池千枝先生に習っていました。そして学んだ技術を生かして山形県鶴岡市で洋品店を開業。幼い頃からそういう母の姿を見て育ったことがこの道に進んだ原点です。素敵な生地をハサミでシャーと断ったり、足踏みミシンでそれを縫い合わせたり、一着ずつ服を作り上げていく光景、今もはっきりと思い出すことができます。ですから私にとって、ファッションとは、靴でもバッグでもアクセサリーでもなく、やっぱり服なんです。
小嶋 意外に思われるかもしれませんが、私は母親(前校長)の影響ではないんです。アメリカで過ごした高校時代、同級生に体格で負けないようジムに通い体を鍛えていました。その頃の装いは、いつも短パンとTシャツ。典型的なアメリカの若者です。ところが、ある日、香港の大富豪の家に育った友人の部屋に出かけると、クローゼットに、ヴァレンチノのジーンズやアルマーニのスーツがずらりと並んそんな彼のファッションに影響を受けて、男をいかにかっこよく、セクシーに見せるか、それを追求する世界に夢中になっていきました。いいものは長持ちしますね。学生時代に香港で買った、ジョルジオ・アルマーニのスーツは時々修理に出してまだクローゼットに健在ですよ。
赤間 若い頃は大量に服を買っていました。大学生の頃からすごく買ってた。そして、働き始めてからも、結婚しても、育児中も、自分で稼いだお金の大半は服に消えていた(笑)。当時、新宿の高野(現在のタカノフルーツパーラー)は3フロアを服の売り場にするセレクトショップでしたが、あるとき、エスカレーターで一番上に上がっていくと、コムデギャルソンとかヨウジヤマモトがあり、「なんだ、この服は」と思った。コムデギャルソンとかはブランド名も満足に読めない頃の衝撃な出会い。まだ、これらのブランドが百貨店に出る前のこと。それから、イッセイミヤケ、ケンゾーを含めて、ありとあらゆるブランドの服を買いました。とにかく、着ることを楽しめた。例えば、イッセイミヤケでいうと、三本袖のセーターとか作っていたんですよ。三角柱の一つをその日の気分で後ろに垂らしたり、前に垂らしたり、くるくる回して新しいデザインを楽しめる発想が新鮮でした。コムデギャルソンに夢中になったのは、やはり“アンチ(反骨)の姿勢”だと思う。なんか普通じゃない訴えかけるものに、すごくひかれたんです。
小嶋 ニューヨークのパーソンズデザインスクールを卒業して最初で入ったメゾンで、人間の魅力を引き立てる一番のものが服であると叩き込まれました。ボスは「服とは着る人の本質を引き立てるものでなければならない」と繰り返し教えてくれました。
■服の奥深い魅力とは
赤間 服について深く理解するために何をすべきか。私の持論は、いいものをどれだけたくさん見るか、どれだけたくさん着てみるか。ただ遠くから眺めているだけではダメ。
小嶋 まったく同感です。いいものを着て肌で良さを感じることが大事。
赤間 展示会に行ったらなるべく着てみる。着てみて、がっかりすることもあるし、「意外にいい」と思うこともある。それが楽しい。ですから若い記者には展示会ではなるべく着た方が良いと言っています。でも、今の若い人たちは心配。服がどんなふうに作られたのか、知らないし、現場を見たこともない。家庭洋裁が減ったこともあって生地から服を作る様子もあまり見たことない。スマートフォンの画面からだけではつかめないことはたくさんありますからね。
小嶋 店で生地や仕立ての良さを触って確認しながら、納得できる服を選ぶ。そういう生活は素敵ですよね。いいものイコール有名ブランドとは限らない。けれども、今の生活圏から一歩外に出ないと良い服を知ることはできないと思う。ファストファッションでなんでも済んでしまったら、ファッションクリエーションは伸びないですよ。だから、学生たちには「銀座に行って来い」とよくいうのです。基本的にいいものは高い。だから普段着ない。だから良さを感じにくい。意識的に学ぶ姿勢が大事ですね。
■頑張っているデザイナーに注目を
小嶋 こういう時代だけれど頑張っている若手デザイナーもいます。うちを卒業したモトナリオノ(写真下、小野原誠)もそう。真面目なデザイナーブランドで修業している若者もいる。こうしたブランドを扱うお店で服作りの奥深さやデザイナーのメッセージを感じてほしい。
赤間 東京コレクションのファッションショーを大勢の学生が観に来ますけれど、できたら展示会のほうに出かけて、デザイナーの仕事を確認してもらいたいと思う。服に触ったり、着たりできます。もちろん、商談の邪魔にならないように気を付けて。
小嶋 人をわかっていないとダメ。つまり、人間への関心がすべてのベースにあります。自己満足ではなく、どうすれば人間が引き立つかが原点。でも、人間そのもののそのまんまではつまらない。だからさじかげんが非常に面白い。1シーズンで着崩れることがないよう、安く使い捨てではなく、やはり長持ちすることが大事。
赤間 若い人たちには、やっぱり服そのものとの出会いを増やしてほしいな。優れたビジュアルで感性を鍛えることも必要。例えば、コムデギャルソンのシックス(非売品)。全巻取ってある私のお宝です。今見ても強烈なパワーを受けます。
小嶋 小説とかどんどん読んで、想像を膨らませることが大事。スターウォーズの映画を観る前に、スターウォーズの小説を読んで、登場人物のコスチュームを頭に思い浮かべるとか。そんな学習が大切では。想像力に欠けていると感じること多いです。旅も新しい発見を与えてくれるものです。(この対談は6月17日に行われました)
KEYWORDS
コムデギャルソン:1973年に川久保玲が設立。81年からパリ・コレクションに参加する日本を代表するブランド。時代感を鋭くとらえた強いメッセージ性が特徴。
洋裁ブーム:戦後復興の中で、欧米文化への憧れと洋服の普及、女性の自立化などの理由から、洋裁を習う女性が激増し、全国の服飾専門学校は大盛況となった。
アルマーニ:ジョルジオ・アルマーニはイタリアを代表するファッションデザイナー。メンズスーツが有名。セカンドラインは「エンポリオ・アルマーニ」。
ヨウジヤマモト:1972年のワイズ設立を経て、77年に山本耀司が東京で発表した。81年からパリ・コレクション参加。抑制された自然なドレープや独特なオーバーサイズの形状が定番。
イッセイミヤケ:三宅一生が1970年に設立。73年にパリ・コレクション初参加。“一枚の布”による服づくりで注目される。
ケンゾー:1960年代にパリに渡った高田賢三が、70年にブティック「ジャングルジャップ」をオープンしコレクションを発表。平面的パターンと独特の花柄プリントで世界から注目を浴びる。
パーソンズ・スクール・オブ・デザイン:ニューヨークにあるアートとデザイン専門の私立大学。世界的に活躍するデザイナーを数多く輩出している。英国のセントマーチン美術大学、ベルギーのアントワープ王立芸術アカデミーと並ぶ存在。
ファストファッション:「fast」=「速い」が最大の特徴。ファッションの流行をすばやく取り入れ、低価格で打ち出す小売業のこと。「H&M」「forever21」「ZARA」などが代表。