《アントワープ仕込みの世界ファッション観測》プレゼンテーションの役割 空間表現がもたらす説得力

2026/05/08 11:00 更新NEW!


アントワープ王立芸術アカデミー時代の恩師であるエルケ・ホスティさんと作品を見て回った

 「ここのがっこう」をご存じでしょうか。私塾でありながら国内外で活躍するデザイナーを多数輩出している、日本を代表するファッションスクールの一つです。大きな特徴はプレゼンテーション技術にあり、近年は発表の場を富士吉田市に移しています。

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もの以上の伝達力

 先日、25年度の卒業発表および卒業展示のレビューに参加する機会をいただきました。生徒一人ひとりが東京のオフィスで講評を受け、その1週間後には富士吉田市全体を使った展示へと展開されます。同じ作品でありながら、場が変わることで伝わり方が大きく変化します。この体験を通して、プレゼンテーションの役割を改めて考えることになりました。

東京オフィスでプレゼンする小林大介さん。作品テーマは「おじいちゃんが自分の服を着て授業参観に来たこと。その淡い思い出」

 そもそも、自分の伝えたいコンセプトをすべて服に落とし込むことは可能でしょうか。素材や構造の制約があるうえ、服に適さない要素も多く存在します。無理に情報を詰め込めば、かえって伝わりにくくなることもあります。しかし、プレゼンテーションまでを完成形と捉えれば、表現は分散させることができます。服で伝えるべきことと、それ以外の手段で補うべきことを整理することで、無理なく全体を構築できます。空間や数量、異素材といった要素を統一感を持って組み合わせることで、作品は「世界観」を持ち始めます。ファッションデザインは衣服そのものを越え、体験を含めて設計する領域へと拡張しているのではないでしょうか。富士吉田市でのプレゼンテーションは、その可能性を実践する場だと感じました。

「世界観」の正体

 富士吉田市での展示では、「作品」と「それを理解するための情報」が空間の中に整理されて配置されており、全体像が直感的に伝わってきました。作品を読み解くために、解説と情報を頭の中でつなぎ合わせる必要はありません。

富士吉田市内の7カ所の施設や古民家を会場に作品を展示した

 東京オフィスでは、作品とスケッチブック(制作過程やコンセプトの根幹を示すもの)を交互に見ることで、鑑賞者が頭の中で作品を補っていました。どう理解するかやどこに意味を見いだすかが鑑賞者に委ねられ、それぞれの解釈が加わって作品が完成します。一方、空間展示では考える過程そのものがあらかじめ整えられており、鑑賞者はまず「目」で理解することになります。考える前に伝わると、強い説得力とその場で納得できる感覚が生まれます。

富士吉田市の福源寺に展示された小林さんの作品

 本来、私たちは情報をつなぎ合わせながら意味を判断します。しかし、それらが空間の中で既に一つにまとまった状態で提示されると、その判断を挟まずに理解することができます。整理された情報が一体として示された時、人は考える前に「分かる」と感じるのです。

 「世界観」とは、鑑賞者の思考を待たずに理解を成立させる力なのかもしれません。ここのがっこうのプレゼンテーションには、その場に立った瞬間に伝わる強い説得力がありました。作品は見せ方によって「頭で理解するもの」にも「目で満足するもの」にもなり得ます。作品そのものに注力するあまり、プレゼンテーションが後回しになることは少なくありません。しかし、その魅力は見せ方によって大きく左右されます。今回の経験を通し、プレゼンテーションも作品の一部として向き合う必要があることを改めて実感しました。

上田祐平(うえだ・ゆうへい) 96年生まれ。高校卒業後に渡米し現代アートを学ぶ。その後、ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズでファッションの基礎を修め、19年からアントワープ王立芸術アカデミーに進学。学士課程ではメンズ、修士課程ではウィメンズのコレクションを制作し、24年に首席で卒業。現在は奈良と京都を拠点に、素材や衣服の可能性を探る研究を続けている。


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