一気通貫のディレクション 居心地でECに勝つ
テナント頼みの商業施設運営から脱し、館そのものの魅力を高めようとする取り組みが広がっている。ECを含めた競争のなかで生き残るには、明確なディレクションと居心地の良さを追求した愛される館づくりが欠かせない。(金谷早紀子)
細部に遊び心
商業施設の開業、改装では、「全国初」「地域初」のテナントをいかに誘致するかが、話題作りの常套(じょうとう)手段。しかし、ブランドにこだわらない消費者が増え、個々のブランド力も低下するなか、話題になるテナントは一握り。また、「初」で誘致してもすぐに他施設に出店してしまい、結局顔ぶれが似通うということを繰り返している。
今秋、初めて大改装した渋谷ヒカリエ・シンクス(シンクス)は、12年の開業以来増収を続け、カード会員一人当たりの売上高も毎年2ケタ増を続ける数少ない商業施設だ。「渋谷に20~30代が初めて居心地がいいと思える場所が出来た」と、宇野圭一東急百貨店営業統括部長も自信を見せる。
洋服も含めて全てを「ザッカ」と捉えるという、当時では珍しい考え方は、宇野部長の細やかなディレクションによる。例えば、「食品は対面販売だと雑貨感覚が薄れるため、セルフで選ぶ引き込み型を重視。Tシャツ一つとっても、ラックに掛けずに、丸く包んで売る」など、細部に雑貨感覚の遊び心を散りばめ、気軽に買い物できる雰囲気を作り出した。
今回の改装で挑戦したのが、情報発信型レストスペース「ビューティーペディア」だ。100平方メートルの規模で、ビューティーに関するモノ・コトを独自に編集。アロマブレンドマシンの導入や、蔦屋書店による選書、写真を撮るとSNS(交流サイト)にアップされるデジタルサイネージなどのコンテンツを揃えた。「リアル店で物だけを売っていてはECと変わらない。居心地の良さとコトの体験が欠かせない」と、物販スペースを割いて投資した。アフター5に日常的に利用してもらい、客の習慣に入り込み、その結果、購買につながればと考える。
古びない館へ
複雑化する消費者の志向への対応力は、クロスMDを得意とする百貨店に優位性がある。一方、テナントを区画ごとに構成するファッションビルは、どうしてもブランドの入れ替えが館の魅力になりがちで、独自性が出しにくい。そこからの脱却に挑んだのが、今夏、2年半ぶりにリニューアルした京都バルだ。
「新しくブランドを導入しても、最終的には百貨店に取られてきた。空いたところに何を入れようか常に考えなければならず、消耗していた。もうそういうことはしたくない」と言うのは、運営する中澤(京都)の中澤勇社長。「絶対に取られないようにするためには、各カテゴリーのナンバー1を揃え、彼らの世界観を存分に出してもらうことが必然だと思った」という。総売り場面積は約1万2045平方メートル。通常なら100店舗以上が出るスペースだが、33店に厳選した。
「ロンハーマン」「トゥモローランド」「無印良品」は1485平方メートル以上、「エストネーション」「ザ・コンランショップ」など4店も330~1485平方メートルで、インショップでは国内外最大級を揃えた。6階はロンハーマンのみで構成し、屋上庭園から入店するなど路面店さながらの空間だ。「例えばプールを作りたいと言われても、応じる覚悟でいた。それぐらい、思いっきりやってもらおうと考えていた」と話す。
古い西海岸のホテルをイメージしたという心地よい空間も大きな魅力だ。約66平方メートルのパウダールームは、大きなソファやグリーンを飾り、女性の高揚感をかき立てる。各フロアのエレベーターホールやエスカレーター周辺にもくつろげる空間を設けた。「10年、20年経っても古びない、時代に左右されない商業施設が出来た」と確信する。滑り出しは好調で、初年度の売上高70億円も達成できそうだ。
両館の共通項は、トップダウンで明確な方向性を示し、ブランドと一緒に売り場を作っている点。シンクスは「ブランド側も旗艦店として位置付けてくれている。一緒になって取り組んでいる実感がある」と話し、京都バルも「みんな目いっぱいお金をかけてくれた。新しい内装に挑戦してくれた」と言う。館とブランドが思いを同じに、新しい売り場作りに挑むことが、唯一無二の館作りに結びつく。
繊研 2015/11/10 日付 19352 号 1 面