ここ数年で一気に知られるようになった米オレゴン州ポートランド。繊研新聞社では2012年にファッションビジネス懇話会のメンバーと同地への視察ツアーを実施し、私も同行しました(レポート内容はこちらとこちら)。
その後、日本ではポートランドの雰囲気やライフスタイルをイメージした新ブランド・新業態も数多く生まれましたが、大きな成功を収めているところは少ないようです。90年代から同地の街づくりを研究し、繊研の視察ツアーもアテンドしていただいた松本大地氏(商い創造研究所代表取締役)にその理由とポートランドの最新事情をお聞きしました。
まつもと・だいぢ 街づくりからSC、ショップまでのコンサルティング業務、トータルプロデュース業務を手掛ける。現在、経済産業省コト消費づくり委員、鎌倉市アドバイザーなどを務める。近著に『最高の商いをデザインする方法』(エクスナレッジ社)。
■この2年がピーク
――ポートランド熱をどう見ますか。
10年前に視察ツアーを始め、参加者が昨年でちょうど500人に達しました。15年と16年で計260人が参加し、まさにこの2年がピークだったと感じています。
人口63万人の米国の小さな街がここまで注目されたのは、人々の価値観が変化したためです。リーマンショックで富やぜいたくな暮らしへの反省が試みられ、生活者が消費行動に関心を持つようになりました。
例えば「地元のコーヒーショップを応援しよう」とか「高級ホテルより個性的なところへ泊りたい」といったものです。日本でも東日本大震災を経て、変化に拍車がかかりました。
こうした「リベラルで生活文化を自分たちで作っていく機運」は、ポートランドが火をつけたもの。今ではシアトルや東海岸のブルックリンでも、同様の現象が起き始めています。ロータリーバスやファーマーズマーケット、地元カフェ人気……。ポートランドの豊かさに触発され、同地に類似した現象が起きています。
――現地の最新事情は?
企業進出が進んでいます。この間、エアB&Bが本社の大半の機能をポートランドに移し、アンダーアーマーもアウトドア部門を移転しました。ワーク・ライフ・バランスを実現でき、社員が生き生きと働き、生産性が高まる土地として注目されているからです。
重要なのは、新しい住民が街づくりにかかわっていく点。「好きな街をもっと良くしたい」と社会活動にかかわり、そのことで街の魅力が高まり、人や企業がさらに流入する…。そんな好循環が生まれています。
ファッションストリートのノブヒルでは若者が何かの署名を集める姿が見られた
■地域との連環を
企業活動では、CSR(企業の社会的責任)からCSV(クリエイティング・シェアード・バリュー=共通価値の創造)へシフトしています。
例えば、ナイキは昨年、自転車のレンタルサービスを始めました。市内にいくつかの拠点を作り、スマートフォンで簡単に借りることができるという仕組みです。
またアンプクア銀行では、待合室に住民の絵やファッションの作品を並べ、夜もシャッターを下ろさず、中をライティングして見せています。街のかいわい性を損なわず、地域との連環を重視している姿勢がうかがえます。
界わい性を損なわない取り組みが広がるポートランド
■リベラルな空気を育め
――日本ではこの間、ポートランドをテーマにしたブランドや業態が相次ぎ生まれましたが。
多くがうまくいっていないようです。なぜならポートランドのライフスタイルに根付いてできたものではなく、単なるモノ軸の取り組みになってしまっているからでしょう。大事なのは、ポートランドの本質を捉えること。ポートランドからヒントを得ることが、ビジネスに広がりをもたらすと考えます。
そうした中でも、(15年4月に完工した)二子玉川ライズの第2期事業は目を見張ります。世田谷区の公園を核にしながら、レジデンシャルとオフィスを混在させ、曜日にかかわらず、街のにぎわいを出せるようにしたものです。これはポートランドの街づくりに見られる「ミクストユース」の考え方を取り入れています。
施設内で開くイベントは日常型で、地元の学校や商店街、サークルなどと連携した催しを中心にして活気につなげています。同開発を担った東急グループのメンバーをポートランドに案内した際、みんなが日常生活の豊かさに驚いていたのが印象に残っています。
ポートランドでは職住一体のミクストユース建築が多い。曜日・時間を問わず、街ににぎわいを生み出す工夫だ
――望まれる商い、街づくりとは?
私が今、目指しているのは、“公共空間”を“交響空間”にすることです。今、公園や道路は街や企業、人と解け合っていません。これからはもっと規制を緩めるなどで、ポートランドのような公園の使い方、歩道の使い方をし、街・企業・人とシンフォニーを奏で合うような、シンフォニーのように共鳴しあうべきだと思っています。
ファッションショーだって、芝生のきれいな公園にレッドカーペットを敷いてやってみるのも面白いのではないでしょうか。私としてはこうした空間作りこそが、商いや街の活気を生む大きな伸び代があると思っています。
公共空間が街と解け合っているポートランド
(注)写真はいずれも2012年に撮影したものです
すぎえ・じゅんぺい 本社編集部所属。編集プロダクション勤務の後、03年に入社。大手アパレル、服飾雑貨メーカー、百貨店担当を経て、現在はスポーツ用品業界を取材。モットーは『高い専門性と低い腰』『何でも見てやろう』