メトロポリタン美術館のコスチュームインスティテュートで、「キャンプ:ノーツ・オン・ファッション」が始まった。展覧会の詳しい内容は14日付け本紙最終面に掲載された記事をご覧いただくとして、ここでは展覧会のインスピレーション源となったスーザン・ソンタグのエッセー「ノーツ・オン・キャンプ」と、何故この展覧会に時代性があるのか、何故今なのかについての私見を述べていく。
スーザン・ソンタグは1933年1月16日、ニューヨークで生まれ、その後、アリゾナ州ツーソン、ロサンゼルス、シカゴを経てハーバード大学大学院とイギリス・オックスフォード大学傘下のセント・アントニーズ・カレッジで学んだ。作家としてエッセーや小説を発表し、映画製作もする一方、政治活動家でもあった。2004年12月29日にニューヨークで亡くなった。
今回、展覧会のベースとなったエッセー「ノーツ・オン・キャンプ」は、1964年に発表された。1964年のアメリカといえば、公民権運動が活発化し、女性解放運動、環境保護運動が広がり始めた時期。前年には、当時のジョン・F・ケネディ大統領が暗殺された。
そんな激動する時代の中で、スーザン・ソンタグはキャンプの感性に強く惹かれる一方、今までちゃんと語られたことがなかったことに着目した。この場合の「キャンプ」は、「仰々しく挑発的なふるまいをする」「誇張されたファッションでポーズをとる」といった意味をもつフランス語の「se camper」に由来しているという。スーザン自身がそのエッセーで「キャンプは難解」と書いているくらいだから、キャンプの真髄の理解によほど試行錯誤したのだろう。スーザンが「ノーツ・オン・キャンプ」にリストアップしたキャンプの定義は、58項目に及んだ。
「キャンプ:ノーツ・オン・ファッション」に集められたファッションは、ものすごく平たく言うと、「過激、過剰といった表現にウイットや皮肉を交えた美意識」ということになるだろう。スーザンの定義の1つは、「自然の中にあるものでキャンピーなものはない。大方のキャンピーなものは都会にある」。別の定義では、「キャンプは300万もの羽根でできたドレスを着て歩き回る女」としている。展示品の1つ、ジェレミー・スコットがデザインした2018年春夏のモスキーノのドレスは、そうしたイメージを表す1例と言えるだろう。
では何故、今キャンプなのか。キャンプのスピリットの1つは、「常軌を逸している」ということだ。そういう人たちは、しばしば社会から疎外されてきた。しかし、疎外され抑圧されてきたからこそ、パワフルな表現をすることもある。ドラッグクイーンの装いは、その一例といえるだろう。性的マイノリティーなど多様性、包括性を重んじる今の時代だからこそ、キャンプを掘り下げ、情熱が込められた自由な表現にスポットライトを当てる意義があるのかもしれない。
キャンプの「皮肉」な要素を考えたら、トランプ大統領は「常軌を逸している」点で、ある意味キャンプにあっている。実際、メトロポリタン美術館のコスチュームインスティテュートのチーフキュレーター、アンドリュー・ボルトンは、ニューヨークタイムズの記事の中で、「トランプはとてもキャンプ的な人物。とてもタイムリーだと思う」と話している。
スーザンの定義の1つに、「キャンプはプロブレムへの答えである」というものもある。アメリカのファッション業界は長年民主党支持で、トランプと距離をおいている。何かと憂鬱で深刻になりがちな社会情勢であっても、「シリアスにならずにコミカルにやっていこう!ウイットと皮肉を効かせた快楽主義でいこう!こうであるべきと決めつけるファシズムに対抗して自由な表現を楽しもう!」という、明るいレジスタンスの精神をこの展覧会に重ね合わせたのかもしれない。今年はそんな装いをした人を見かけたら、「おお、キャンピーだね(またはキャンプっぽいね)」と言ってみようと思う。
(写真=メトロポリタン美術館提供)
89年秋以来、繊研新聞ニューヨーク通信員としてファッション、ファッションビジネス、小売ビジネスについて執筆してきました。2013 年春に始めたダイエットで20代の頃の体重に落とし、美容食の研究も開始。でも知的好奇心が邪魔をして(!?)つい夜更かししてしまい、美肌効果のほどはビミョウ。そんな私の食指が動いたネタを、ランダムに紹介していきます。また、美容食の研究も始めました(ブログはこちらからどうぞ)