ロンドンを中心とした海外デザイナーブランドの卸売販売を行う東京のエージェント、マッハ55のオリジナルブランド「マスター&コー」のプレゼンテーションのお誘いメールが届いた。ロンドン、それもブリクストンという、最近はぐっと安全になったけれど今だに危険な匂いがプンプン漂うディープなエリア。しかも夜。そして、このブランドのエージェントを務めるのは、あの「イーリー・キシモト」のデザイナー夫妻の息子である直輝さんだという。
その情報だけで、すでにワクワクしながら会場に向かうと、期待を裏切らない素敵なプレゼンテーションが行われていた。
どーんと天井が高いその部屋は木工のスタジオで、木板やマシンが置かれ、壁の上の方には椅子が飾られていたりする。その作業テープルの上に新作を着たモデルたちがいる。
「マスター&コー」は日本全国のセレクトショップに海外ブランドの服や小物を卸しているマッハ55が、その商品の隙間を埋めるような、ワークウエアをベースにしたベーシックなユニセックス商品として企画販売しているもの。もう10年ぐらい前にチノパンからスタートしてアイテムを広げ、3年ぐらい前からブランドとしての認知度をあげ、ファンを増やしているそうだ。
デニムウエア同様、シンプルなようで職人技や伝統技術が盛り込まれたこだわりのニュースタンダードは英国でウケる。それがジャパンメイドであればなおさら。来場者の評判もいい感じだ。
プレゼンルームの奥がドリンクコーナーで、裏庭に出て螺旋階段を登ると、素敵なバルコニーがある。そこを通って上階の部屋に入るとショールーム。直輝さんが立ち上げた日本ブランドのセールスエージェント、KISHIN KIOSKの記念すべきはじめての展示会だ。
「マスター&コー」に加え、岡山の「キャントンオーバーオールズ」のダブルエックスデニム、神戸の「ロードランナー」のバイク系カジュアル、宝塚の「エキゾチックコスチューム」のTシャツや小物が揃う。
直輝さんは、SOASの名称で知られるロンドン大学アジア・アフリカ研究学院で東アジア美術史を専攻し2015年に卒業。ファッションに囲まれていた環境で育ったこともあり、卒業後はこだわりのデイリーウエアを揃えたメンズセレクトショップ、アルファ・シャドウスの仕事についた。
一方、創業当初から両親のブランド「イーリー・キシモト」を扱っているマッハ55とは親しく、昨年、まずは「マスター&コー」をアルファ・シャドウスで販売することからスタート。そして、他の日本ブランドを集めたエージェントとしての活動を開始した。
「アルファ・シャドウスの仕事も続けているので、どこまで広げられるかわからないけれど、英国だけでなく他のヨーロッパ諸国でも展開したい」と直輝さん。
会場で、直輝さんと若子さん、マークさんのスリーショットを撮ろうとすると、「私も!」とモデルの女性が飛び込んで来た。直樹さんの妹の知美さんだ。大学生の知美さんはこの日はモデルでお手伝いというわけだ。
実は私が直輝さんにはじめて会ったのは、まだ赤ちゃんだった頃。マーク・イーリーさんと岸本若子さんとはもう25年ぐらいの知り合いになる。彼らの拠点は常にブリクストン。危険な匂いを漂わせながらも、アフリカ系の移民が集まるミックスカルチャーの魅力も溢れる南ロンドンの街である。
「イーリー・キシモト」は2005年春夏に「ローカル」、つまり「地元」というタイトルで、アフリカンプリントを前面に出したコレクションを発表したことがある。久しぶりに訪れたブリクストンで過去の様々な記憶が蘇る。
地下鉄のブリクストン駅を出て左に向かう最初の道の横断歩道は、なんと「イーリー・キシモト」の代表的な柄である「フラッシュ」柄がペイントされている。「ブリクストン=イーリー・キシモト」というイメージが強いのは、私に限ったことではないようだ。
あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員