洋裁学校からの発展を目指し、デザインやビジネス分野の指導を模索しながら磨きをかけてきた大阪文化服装学院。学生が企画・運営する期間限定出店や、スーパーデザイナー(SD)学科の新設は大きな転換点となった。
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学外でショップ運営
服飾専門学校としての変化が求められていた80~90年ごろ、国内のアパレル企業と接点を作り、協業関係を築きたいと思いを巡らせていた。活路を見いだしたのは99年6月、ファッションビジネス学会の基調講演だ。登壇者として当時パルの社長だった井上英隆(現同社相談役)の「自分も還暦を迎え、何かの形で社会貢献をしたい。学生にショップ運営させることなどを考えている」という発言だった。すぐに一緒にオリジナルショップをしたいと伝え、00年から始めることで合意した。ショップの立ち上げと運営を実践的に学べる環境を提供しようと、新たな学科も設立した。
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