企業の成長持続のために知るべきこと 第8回

2015/10/15 12:14 更新


企業改革講座⑧
企業が成長を続けるために、知るべきこと、行うべきこと

「MD最適化①:発注数量の最適化で売り上げは30%伸びる?」

 

 

 小売業、ファッション産業においては、MD(Merchandising、商品企画および商品の発注から売り切りまでの一連の業務)の精度向上は最大の課題です。MDの業務は大別すると――――――

・アイテムごとに、前年同期の振り返りと直近のトレンドからの商品方針の決定
・商品企画
・発注数量の決定から売り切りの管理
・店舗ごとの商品構成の最適化
・現実の在庫状況から、店舗ごとへの商品の振り分けを行うディストリビューション

  ――――――になります。


 商品のROI(仕入れに対し、稼いだ粗利益)を最大化するという商品経営の視点から、どれも重要な業務ですが、その中でも売り上げに大きく影響する「発注数量の決定」について触れていきます。

 

■同じ条件の百貨店に出店しているのになぜか売り上げが大きく違う二つの店


 これは実際にあった、多店舗展開している、あるファッションブランドの店舗の話です。

 あるブランドが、ほぼ同じ売り上げ規模、同じ客層の異なる二つの商業施設(ここでは仮に同じ百貨店とします)のフロア内のほぼ同条件の場所に、それぞれ店を出していました。

 本部側は、条件がほぼ同じ2店について、同じ売り上げとなるものと考えていましたが、現実にはこれら2店の売り上げには、倍以上の差が開きました。

 ここで仮に、売り上げの良い方の店をA店、良くない方をB店とします。

 現場主義の創業者トップは「パソコンの前に座っている暇があったら現場に行け!」と、分析のためのシステム投資には積極的ではありませんでした。本部では、限られた人手で日々忙殺される中、MDの責任者や営業のマネジャーも、この差が起きている原因追求のための分析に手が回らず、理由を「A店の店長はベテランで優秀だから」ということで、それ以上の追及は行いませんでした。

 ただしこのブランドでは、この2店以外にも条件が変わらない店舗間での売り上げの差異が発生していたため、条件の同じA店、B店の実態分析を行ってみたところ、ある理由でこの大きな売り上げの差が発生していたことがわかりました。

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 まず前提として、このブランドでは、店舗に発注権限を与えていました。年に何度か、商品部が新作展示、受注会を開催し、店長は与えられた発注予算の中で仕入れを行います。

 これは、「店の責任者が、自店舗に来店されるお客様の顔をイメージし、自分自身で発注を行うことで発注精度が上がる。そして商売人たるもの、自分で仕入れた商品を自分自身で売り切ることで力がつく」という創業者のアイデアから始まったもので、稼いだ粗利と残った在庫が計算され、成果が店長の業績給与にも連動していました。

 さて、A店とB店の店長の発注の内容を調べてみると、この二人の発注の仕方に違いがあることがわかりました。

 それぞれの店の発注について、グラフの縦軸に発注数を取り、発注量の多い品番から順に並べてみます。するとA店は、その傾斜がきつく、B店は横方向に幅広く、なだらかに広がっていることがわかりました。

 商品部のバイヤーやデザイナーは、全ての商品は厳選して企画、あるいは仕入れています。

 よって店長たちの仕入れの際には、自分たちが用意した商品を薦めます。もし人気のない商品があると、工場と握っている最低の発注量があったりしますので、その商品を重点的に薦めることもあります。ここで商品の目利きに「自信」のある店長であれば、問題はありません。

 しかし多くの店長は、バイヤーたちの薦めを断るほどの「自信」は持ち合わせていませんので「じゃ、『おさえ』として、その品番も仕入れます」と、仕入れる品番を増やしていきます。普通は、仕入れ予算は決まっています。品番が増えて広がっていくと、必然的に一番売れると見込んでいるS、Aランク商品の「奥行き」、すなわち店の在庫として積み込む数量が減ります。

企業改革8回目

 こうしてB店の店長は自分の目利きで、せっかくS、Aランク商品を当てることができたとしても、積み込み数量の少なさから、早期に欠品を起こし、売り上げを作ることなく終わることになります。

 一方、A店の店長は、今までの経験からS、Aランク商品の「奥行き」を増やし、傾斜をきつくして品番数も少なめにした方が、同じ発注予算を使っても、売り上げが大きく変わることを知っていました。百貨店の売り場であれば、フロアにひしめく多くの商品の中で、まず自店の売り場に向かって歩いて来てもらう必要があります。

 フロアに来た顧客の視線をつかみ、自店の売り場まで引き寄せるための「見せ筋」商品を用意します。この手の「見せ筋」は、顧客を店前まで引き寄せる効果はあっても、実売は、その売り場の定番商品に落ち着くことも多いものです。

 このA店の店長は「見せ筋」については、中心のMサイズを一枚だけ発注して、ディスプレーをするという極端な発注を行い、S、Aランク商品の「奥行き」をできるだけ増やす工夫をしていました。A店の店長は、限られた仕入れ予算を、もっとも効果的、効率的に使い、売り上げを最大化する手段を見いだしていたのです。

■Sランク商品の「販売機会損失」を見えるようにするために

 これまで数多くのバイヤーの発注を見てきましたが、そのブランド、その業態のバイヤー歴の長い方であれば、その目利き力は、ほぼまちがいなく秀でており、売れ筋を高確率で当てることができるものです。

 発注量の多いもの順に、Sランク、Aランク、Bランク、Cランクとつけていくと、一般的にはSランクの商品群内の「はずれ」品番の構成比率が低く、明らかに高い精度で、Sランク商品を決めることができていることがわかります。

 ところがさらに一歩踏み込んで、そのSランク商品の発注数量が、果たして十分だったかどうかを見てみると、意外にもぞっとするような結果になっていることがあります。発注された商品を先ほどと同じように順に並べ、そこで実際に売れた数量を重ねてみると、Sランクの商品群は、発注した在庫の消化率がかなり高めになっている場合が多い傾向があります。

 大量に発注した商品の消化が良いのは、大変喜ばしいことです。しかし、冷静に考えてみると、多店舗を展開していれば、消化率がある程度まで進むと、店舗ごとに見れば、サイズ切れや、欠品を起こし始めます。

 業態やブランドの価格帯や特性により一概には言えませんが、消化率が70%を超えると、店舗ではサイズが歯抜け状態になっている量販型チェーンもあれば、60%ですでに多くの店で欠品状態が起きているブランドもあります。

 半期の振り返りの際に、Sランク商品の消化率が90%を超えているのを見たら、換金率の高い発注精度の高さを喜ぶ前に、まず、店で欠品状態が起きる消化率に、投入後の何週目で至ったかを見るべきです。

 カラー展開がなされている商品の場合、色別に「(仮称)欠品状態到達消化率達成週数」を確認してみると、さらに恐ろしい結果になっている可能性を覚悟しておいた方が良いと言えます。

 この分析は様々な企業、ブランドで行ったことがありますが、多くの場合、高い消化率の売れ筋となっていた品番は、かなり短い期間で欠品に至っており、相当な「奥行き」を積み込んでいる量販型の店であれば、2週間ほどで欠品水準に至っていたこともあります。

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■Sランク商品を「奥行き」深く積み込む時の適正水準の見いだし方

 腕のいいバイヤーは、売れ筋を読むことができるものですが、一方で在庫を残してしまうことには恐怖心があります。よって、積み込むべきSランク商品の発注量の決定には、つい腰が引けてしまうものです。

 期末の振り返りの際に、Sランク商品の消化が異様に高く、そして「(仮称)欠品状態到達消化率達成週数」に至った週数が少ない場合は、あと何週分程度、Sランク商品を積み増しても大丈夫かは、ほぼ理屈の上で読むことができます。

 業態にもよりますが、場合によってはSランクの商品を今の2倍以上積み増しても良いことになります。しかしほとんどのバイヤーは、発注量を見ると恐怖心にかられ、腰が引けます。

 その恐怖心を払拭(ふっしょく)するための、積み込み数量の目安を見いだすためのシミュレーションを行ったことがあります。

 例えば、過去何期分かの実績データから、そのバイヤーのSランク商品群内の「はずれ」率(低消化率商品の発生率)を計算することができます。

 そして、「はずれ」率に大きくぶれがないことを確認した上で「はずれ」率を予測し、外した分についてのB(bargain、値引き)販売や、残在庫の損金換算を行った分を、「奥行き」を積み増して得られるべき粗利の増分から引いてみれば、Sランクの商品群の発注量を一律に増やしたとしても、得られる粗利益が圧倒的に増えるシミュレーションが成立する場合が多々あります。

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 しかし一般的に、発注業務の担当者、すなわちバイヤーはリスクを避けたいと考えます。いくら計算上は「Sランク商品の発注を倍以上にしても総額の粗利が増える」というシミュレーションを行っても、最初から発注量を積み増すことのできるバイヤーは、そう多くはありません。

 バイヤーに任せておくと、実際には結局、何期かにわたって段階的に刻んで積み増すことになるか、あるいはトップが忘れたころには、積み増しをうやむやにしてしまうことが多いように思います。

 このSランク商品の発注量の適正化を行ったことは何度もありますが、こういう考え方の下で正しい数値分析を行っていなかった企業では、これを行ったアイテムの売り上げが30%程度上がることも珍しくありません。売り場での欠品感が出るのは、どのくらいの消化率に至った時かを明確にした上で、Sランク商品がどのくらいの期間で欠品しているかの実態を把握することをお勧めします。

■S・A・B・C各ランクの商品の役割の明確化

 仕入れ予算は、一般的には売り上げ実績から決まります。品番数が増えれば、おのずと「奥行き」が減ります。これは、仕入れ予算を三角形の面積として捉えると、「底辺が広がれば、高さが低くなる」という話です。

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 よって、Sランク商品群の発注を積み増すということは、A・B・Cランク商品の役割を明確にしていくことが必要になります。Aランクは、Sランクまでには至らないと読まれているボリューム商品であり、Cランクは実験的な商品、あるいは先ほどの「見せ筋」商品などと定め、漫然と増やしていくことのない、品番数の管理方式が必要になります。

イメージ写真/Shutterstock.com



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