ブルックリン発 生産者が繋がる街(杉本佳子)

2016/11/10 00:00 更新


 ブルックリンの南部、サンセットパークのウォーターフロントに、再開発中の「インダストリーシティー」がある。マンハッタンのユニオンスクエアから急行で約30分。最寄りの「36丁目」駅からは徒歩5分。オーナー兼投資家は、不動産会社「ジェームスタウン」のマイケル・フィリップス社長と、投資会社「ベルヴェデーレキャピタル」のグレン・シーゲル会長だ。

 両氏は、マンハッタンのチェルシーにある大型商業施設「チェルシーマーケット」のオーナー兼投資家でもある。ただしインダストリーシティーは、チェルシーマーケットとは規模も構想もまったく違う。日本人プレスとして初めて両氏に会い、そのビジョンを探ってみた。



インダストリーシティー外観


インダストリーシティー・ディスティラリーからの眺め


 インダストリーシティーは、51万平方メートル以上の敷地にある16の巨大なビルから成る。最初にオープンしたのは3年近く前だ。一般人が入れるのは、いくつかの飲食店が入居するフードホール、ブルックリン産のものを中心に置く雑貨店「ザ・インダストリーシティーストア・バイ・ウォンティドデザイン」、そしてそこに隣接したラウンジエリアだ。

 そのスペースだけで55000平方メートル以上ある。ラウンジエリアはゆったりとした空間にさまざまな椅子が用意され、アートブックが揃えられた本棚もあり、いかにもクリエーターたちが喜びそうなセッティングだ。



ザ・インダストリーシティーストア・バイ・ウォンティドデザインの内観


ラウンジエリア


 飲食店と小売店があれば、普通はそこに多くの人が集まり、週末は特に賑わうという図が頭に浮かぶだろう。

 ところが、インダストリーシティーはブルックリンらしくて「イケてる」雰囲気があるにもかかわらず、フードコートと雑貨店は平日は3時くらいに閉店し、週末は閉まっている(ウエブサイトには5時までなどと書かれている店もあるが、実際はもっと早く閉まっていたり、平日でもオープンしていないことがしばしばある)。

 ビルとビルの間には多くのベンチとテーブが置かれているが、ランチタイムでも人影はほとんどない。
 


フードホールの通路


ビルとビルの間


 週末にオープンしているのは、別のビルにある家具チェーンの「デザイン・ウイズィン・リーチ」くらい。別のビルにあるバー「インダストリーシティー・ディスティラリー」も、金曜日と土曜日の午後4時から10時までしかオープンしていない。しかも、オープンしていてもあまり人がいないのだ。

 「チェルシーマーケットを成功させた人たちが何故、この場所でこういうことを始めたのだろう。いったいどうやって、今後人出を増やしていくつもりなのだろう」――そう思って、オーナー兼投資家に会ってみたくなった。

 
インダストリーシティー・ディスティラリーの看板


インダストリーシティー・ディスティラリーの内観


 主に話をしてくださったフィリップス社長によると、チェルシーマーケットは現在、朝8時から夜10時までオープンし、1日の平均来場者数が3万人になっている。

 しかし、そこまでくるのに15年かかったという。だから彼らは、インダストリーシティーも長い年月をかけて発展させると長期戦を覚悟している。ただフィリップス社長は、「将来も、この界隈に人が住むことはないだろう」と断言した。
彼らが16のビルを買い取った時、40%にテナントが入っていて、それらは工場だった。

 そう、インダストリーシティーは工場、つまりものづくりを基幹として作り上げていこうとしているエコシステムなのである。フードホールは、インダストリーシティーで働く人たちがランチに利用し、彼らは退社後インダストリーシティーを出るので、ランチタイムが終わる3時以降は営業する意味がないのだ。
 


フードコートのイートインスペース


 投資家たちがビルを買収した時、フードコートに入っていたのは1軒のベーカリーのみだった。今はアイスクリーム、ハンバーガー、クッキーなど軽く食べられるものが並ぶ。特徴的なのは、どの店もガラス張りでつくるところを見せていることだ。

 別のビルに入っているチョコレートショップやピクルスショップも、つくっているところが丸見え。これは、消費者がどこでどのようにモノがつくられているか、ものづくりのストーリーや透明性を知りたがっていることを反映した証である。



クッキーやさんの生産スペース


 ジュエリーブランドのバウボーは昨年2月、フードコートの入っているビルの向かいのビルに引っ越してきた。最初の1~2ヶ月、広いフロアには同社しかなかったという。その後急に香水、メディア、刺しゅうなど、さまざまなジャンルの会社が移転してきたそうだ。

 バウボーのデザイナー、アニカ・イネスさんは「スペースが必要だったけれど、ブルックリンの他のところは高いから」と引っ越してきた理由を話す。彼女はブルックリンの他の地区に住んでいて、自転車で通勤している。
オンライントレードインサイトのマテリアルワールドも昨年9月、すべてのオフィス機能をインダストリーシティーに移転した。

 マテリアルワールドの共同創業者の矢野莉恵さんは、「場所が足りなかったから。マンハッタンより拡大できるスペースがあるため。倉庫街だから。同じようなクリエーティブやファッション企業が多く、コミュニティー感があるから」と移転の理由を説明する。

 実際引っ越してきて、非常に満足しているそうだ。

 「ニューヨークの物件が高騰し続ける中、クリエーティブコミュニティーやベンチャーがどんどんブルックリン界隈に移転しています。ブルックリン自体、元々クリエーティブ層に人気のエリアなので、バイヤーやファッション好きのタレントを採用するのにも最適です。今後、より面白いテナントや飲食店スペースを設けていくことによって、ますますヒップなコミュニティーとして盛り上がっていくことを期待しています」と矢野さんは語る。

 インダストリーシティーの中ではないが、そのすぐ近くに、サクスフィフスアベニューのオフプライスストア「オフフィフス」もつい最近、オープンした。ベッドバス&ビヨンドもいずれオープンする予定で、そうした大手チェーン店も注目しているエリアであることは確かだ。

 工場がものをつくるところをガラス越しに見せて、その場で販売もしている。そうした会社が1社ではなく、いくつも集まってコミュニティーを形成している。その手法の中に、日本の生産地にも何かヒントになることはないだろうかと思う。



アイスクリームやさんの生産スペース


 フィリップス社長によると、いろいろな会社の転居に伴い、インダストリーシティーで働く人の数は四半期ごとに500人から700人のペースで増えているという。フィリップス社長は、それにつれて店の営業時間も長くなったり週末もオープンしたりするようになっていくと見込んでいるが、それでもそうなるには4~5年かかると予想している。

 そして、あくまでも焦点は「生産」であって「小売」ではない。フィリップス社長たちはまた、インダストリーシティーにいる生産者同士が積極的にコラボしていくことを望んでいる。そこがチェルシーマーケットと大きく異なるところだ。
転居してくる会社はフード、ファッション、家具、メディアなどさまざま。ファッションでは、ラグ&ボーンやジュエリーブランドのアレクシスビターなどが一部の機能を移転した。ギャップも今春、デザインスタジオとフォトスタジオをオープンするとして賃貸契約した。




89年秋以来、繊研新聞ニューヨーク通信員としてファッション、ファッションビジネス、小売ビジネスについて執筆してきました。2013 年春に始めたダイエットで20代の頃の体重に落とし、美容食の研究も開始。でも知的好奇心が邪魔をして(!?)つい夜更かししてしまい、美肌効果のほどはビミョウ。そんな私の食指が動いたネタを、ランダムに紹介していきます。また、美容食の研究も始めました(ブログはこちらからどうぞ



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