森、またはそれらしき空間(松井孝予)

2023/04/10 06:00 更新


Robert Gober Waterfall

さて、突然ですが、絵本とか童話の読書に幸せを感じる今日この頃です。これも時世のせいでしょうか。特に神秘的な空間からでしょうか、森の中を舞台にしたお話に惹かれます。地元の作者から挙げていくと、17世紀のフランスで政府高官から作家に転職したシャルル・ペローの「眠れる森の美女」。19世紀にドイツで言語学者・文献学者として名を成したジャコブ&ヴィルヘルム・グリムの「赤ずきん」(ちゃん、と接尾をつい)とか「白雪姫」とか。英国で伝承されてきた作者不明の「三匹の子豚」も。

そして、もし、森の中に美術館ではなく、美術館の中に森があったら_ と想像すると。いや想像ではなく現実としてあるのです。パリのブルス・ド・コメルスーピノーコレクションに。

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・ここでよくある質問

ブルス・ド・コメルス / Bourse de Commerce は建物の名称。ここに展示されているのが、フランソワ・ピノー氏が所有するピノー・コレクション/ Pinault Collection です。

詳しくはこちらでどうぞ。
ブルス・ド・コメルス ピノーコレクション(松井孝予)

Avant l'orage
Before the storm
嵐の前
現代アートの森の中を散歩するような…

何か劇的なことが起こる予兆のようなタイトルの展覧会が、ピノーで開催されています。地球温暖化で季節外れなことばかり、時に、いやいや地球のどこかで自然災害が続いています。わたしたちの「歳時記」は、自然の怒りの日記となってしまうのでしょうか。日本にいくつもの季節があります。ピノー・コレクションのディレクター、エンマ・ラヴィーニュさんは、「日本には72の季節があります」と、日本人のその繊細な季節感にインスピレーションを受けたそう。

Avant l'orage / Before the storm _ 

差し迫った自然災害の緊張感と不安を喚起させる、このタイトル。20人を超える現代アーティストたちが絵画や彫刻、写真、ビデオ、またはインスタレーションなど様々なメディオム(媒材)で、それぞれのアトモスフェア(この場合、空気圏とでも訳しておきます)を漂わせています。「見る」というより、カオス、アポカリプス(黙示)、カタストロフ(惨事)、気候変動、地政学的争い、経済・社会的問題とか、そんな空気感を吸いながらアートの中をプロムナード(散策)するような展覧会です。

ロトンド/ROTONDE(丸屋根)での展示、デンマーク国籍のベトナム人アーティストのヤン・ヴォー Danh Vo によるインスタレーション TROPEAOLUM は、「ここはどこなんだ」という空間。フランスのリヨンの森で台風で倒されてしまった木の幹が松の木の架台に支えられています。アーティスト曰く、「ブーケのように」置かれた幹。台風の犠牲となった木の魂が鎮めるように、そこには木彫りのマリア像が置かれています。そしてその像を敬うようにオレンジ色のキャプシーヌ(金蓮花)が咲いています。天井から差し込む太陽の光が、この森となったロトンドの空間を照らしながら、時を与えています。

Danh Vo TROPEAOLUM

Danh Vo TROPEAOLUM
Danh Vo TROPEAOLUM
Danh Vo TROPEAOLUM

このロトンドを囲むように、エディス・デキント / Edith Dekyndt の作品が並べられています。

ある環境や時間の中で変化した髪の毛、服、布、食器、なんでもない日常のものを断片的に使い、過去や歴史を語ろうとします。

ロバート・ゴーバー / Robert Gober の Waterfall (2015-2016)は謎めいた風景を見せてくれる。ウールのジャケットの背中に、窓のようなスクエア。その中を見ようと近寄ると、肉体の代わりにせせらぎが。ジャケットを着た自分自身の中に泉があるような。

Robert Gober Waterfall 
Robert Gober Waterfall 

サイ・トゥオンブリー / Cy Twombly の太陽をイメージした代表作。ブラジルを拠点にするスペイン人アーティストのダニエル・スティーグマン・マングラネ / Daniel Steegman mangrané が自然の葉やか細い小枝に通した繊細なフィラメントが、トゥオンブリーの絵画の表情を微かに変化させています。

この展覧会の影響なのか、いつもの犬の散歩コース、セーヌ河岸一帯の植物や鳥をさらに観察するようになりました。何か花を見つければ、昨年何気なく撮っていた写真を探して、開花が遅いとか早いとか。自分なりの歳時記でも付けているような。「北」をコンパスフラワー(一定の方角に咲く花)の木蓮は今年は早めの開花、でも桜は意外に遅れている。「桜の樹の下には死体が埋まっている!」の冒頭で知られる、梶井基次郎の「桜の樹の下には」のような、満開のうつくしい姿が待ち遠しい。

A bientôt ! それではアビアント(また)。

Bourse de Commerce Pinault Collection
pinaultcollection.com
Instagram / boursedecommerce

Avant l'orage / Before the Storm は9月11日まで。
でもDanh Vo は4月24日まで。

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松井孝予

(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。



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