ニューヨークからメキシコシティまで、行きは飛行機で5時間半、帰りは4時間半。比較的行きやすい距離だ。そのメキシコシティに、とびきり高感度の香水専門店がある。その名はXinu。シヌゥと読み、メキシコの原住民、オトミ族の言葉で「鼻」を意味する。8月初めにメキシコシティを訪れるにあたり、メキシコシティに詳しいペルー人からシヌゥに行くことを強く勧められた。正直、香水に特別興味はなかったのだが、行ってみたらあまりの感度の高さに感激し、つい買ってしまった。美しく高感度なディスプレーと器類を目の当たりにし、洗練された環境に身を置いて香りを嗅ぐ体験は、オンラインでは得られない。実店舗でなければできない世界観のつくり方を見て、実店舗の存在意義と重要性を改めて実感した。
店は6年前に、ポランコという高級住宅地にオープンした。ポランコは、大使館や欧米ブランドの直営店が集まるエリア。ニューヨークでいったらマジソン街か5番街、あるいはビバリーヒルズのようと言われている地域である。店やレストランが立ち並ぶ大通りもあるが、シヌゥがあるのは脇道を入った住宅街にある白いビルの3階。知らなかったら通り過ぎてしまうに違いない、隠れ家的なたたずまいだ。そんな知る人ぞ知るといったロケーションも、「ここまで来たからには買っていこう」という気にさせるのではないだろうか。
3階に着くと、大きなディスプレーテーブルが目に入る。アカシア、マリーゴールド、ザクロなど、さまざまなドライフラワーや枯れ木、木の実などがアンティークの顕微鏡、植物のスケッチ、虫眼鏡、試験管、すり鉢などの小道具と共に配置されている。植物学者のデスクのようなセッティングだが、ところどころに置かれたいびつな流線を描く大きなガラスの器は官能的。試嗅用の香水が入っていて、そこに刺さっている白木の持ち手のついたスティックを取り出して、香りを嗅ぐ仕組みだ。サスティナブルの観点から、ドーム型の香水瓶は使い終わった後に一輪挿しとして使えるようにしている。それを示すために、大きなグリーンの葉っぱを挿した香水瓶も置かれている。
別室には、キャンドルやボディローション、ホームフレグランスを売る売り場がある。黒い什器の上に乾燥した葉っぱ、クリスタル、貝殻、ハチの巣、綿(わた)など、オーガニックなイメージの素材が並ぶ。キャンドルの香りが飛ばないようにかぶせられたガラスの蓋いも、そのフォルムと質感がおしゃれ!キャンドルも使い終わった後は植木鉢として使用可能であるため、グリーンを植えたキャンドルの器も置いてある。
売り場に面したベランダはガーデンになっていて、香水に使われている植物や花が植えられている。トランペット状の花が垂れ下がる黄色いダチュラは、メキシコの他の場所でも時々見かけた。黒を基調とした売り場と、ガーデンのグリーンの対比も美しい。
創業者はヴェロニカ・ペニャさん。子供の頃、祖母から植物と花について学び、特に庭で匂いを嗅いでいるうちに匂いで植物や花を見分けられるようになり、嗅覚が鍛えられたという。やがて、世界中に出回っている良質な香水の中には元々メキシコ産の素材を使っているものが結構あるのに、メキシコにはメキシコの自然に根差した素材を使ったラグジュリアスな香水がないことを実感。それが、シヌゥ創業のきっかけとなった。ディスプレーにたくさんのオーガニックな素材を使っているのも、アメリカ大陸の薫り高い植物へのオマージュの表れなのである。
香水は5種類あり、一番人気があるのは、Aguamaderaと名付けられた、アガヴェ、グリーンライム、スギなどを使った香水。ちなみに私が選んだMonsteraは、モンステラの実と葉っぱ、白のダチュラ、牛角蘭などが入っていて、一番好き嫌いが分かれる、売り上げ的には一番低い香水だそう。あとで調べたら、モンステラの名前は、奇怪・異常を意味するラテン語のモンストラムに由来していて、モンスターと同じ語源のようだ。しかも、モンステラはサトイモ科に属するとか。そう知るとちょっと複雑な気分になるが(苦笑)、モンステラを香水に使ったのはシヌゥが初めてだそうで、そういう意味では意義のある香水であり、何より自分では気に入った香りなのである。買い物したら、ちょっとしたサプライズも!買った香水を染み込ませたオリジナルのしおりを紙袋にクリップで留めて、渡してくれたのである。このホスピタリティーも素敵なアイデアだ!
89年秋以来、繊研新聞ニューヨーク通信員としてファッション、ファッションビジネス、小売ビジネスについて執筆してきました。2013 年春に始めたダイエットで20代の頃の体重に落とし、美容食の研究も開始。でも知的好奇心が邪魔をして(!?)つい夜更かししてしまい、美肌効果のほどはビミョウ。そんな私の食指が動いたネタを、ランダムに紹介していきます。また、美容食の研究も始めました(ブログはこちらからどうぞ)