今年の全米小売業大会で、見るべき新しい店の1つとしてRHイングランドが紹介された。RHはかつてはレストレーション・ハードウエアという名前で展開するアメリカのホームファニシング専門店チェーンだったが、何年か前にRHに名称変更し、高級家具を中心とした品揃えになった。RHはこれまでも高級レストランを内包した直営店、ゲストハウスと称するホテル、RHの家具を配したプライベートジェットやヨットまでつくっていて、単なる家具専門店ではない。どの家具も大きくて、かなり広い豪邸に住んでいる人でなければ買えないサイズだ。つまり、顧客は究極の富裕層である。
たまたま今月上旬にイギリスに行く機会があり、ロンドンから車で北西に約1時間半のところにあるRHイングランドを訪れた。そこでの体験は、実店舗の未来のあり方を感じさせるものだった。ロンドンでも同様の感触をもったファッション専門店があった。双方に共通するものは、「そこでしか得られないラグジュアリーな体験」と「人とのコミュニケーションの存在」。オンラインショッピングが普及し、AIが広まる中、実店舗だからこそ提供できる価値をみた思いがした。ニューヨークで35年小売業界を取材してきた私の視点で考察したことをお伝えしたい。
RHイングランドは昨年6月にオープンした。門を入ると、コの字型にそびえる3棟の巨大な屋敷が目に入る。車がないと行けないところにあり、駐車はスタッフに鍵を預けるヴァレットパーキングシステムだ。
この屋敷はエイノパークと呼ばれ、バッキンガム宮殿、国会議事堂、タワーブリッジも含む最重要クラスのランドマークに指定されている。最初に建築されたのは1615年で、その後イングランド内戦(1653年終結)後に再建された。RHはこの屋敷に20年住んでいた家族から土地と建物を買い取り、店とレストランにリモデルした。中央の建物の裏手に出ると、テラスの向こうに広大な緑地が広がり、鹿の群れが見られる。緑地の手入れと鹿の世話は、農家に委託してやってもらっているという。
敷地内では、白いユニフォームを着たスタッフをあちこちで見かける。歩き回っていると、まるで自分がこの屋敷に住んでいて、たくさんの召使いを雇っているかのような錯覚に襲われそうになる。何故そう思えるのか。こちらから声をかけない限り、ほおっておかれることが一因かもしれない。飲食スペース以外は、いくつもの部屋に家具がギャラリーかショールームのように展示されている。しかしどこにいても、「何かお探しですか?」などと声をかけてくるスタッフ、声をかけないまでもなんとなく監視するかのようについてくるスタッフは1人もいない。もちろんこちらから尋ねたいことがあれば、いつでもにこやかに答えてくれる。そして、どの部屋も庭に面した大きな窓がついていて、窓の向こうには(5月だからということもあったが)緑が広がり、自然光が入る。ニューヨークのミートパッキング地区にあるRHも同様に家具を並べた部屋がいくつもあるのだが、窓がなく薄暗い部屋が多い。窓の向こうに緑が見えて自然光が入り、鳥の声も聞こえてくる部屋にいるだけでリラックスできるし、同じ家具でも商品の見え方が違ってくる。実際、大邸宅なら広々とした庭があるだろうし、この方が顧客にとってもリアリティを感じられるのではないだろうか。
店内にあるレストラン、オランジェリーでランチをした。窓側の席に座り、緑と鹿を眺めながらのランチ。レストランを見渡せば、高い天井から美しくモダンなシャンデリアが下がる洗練された空間。やはり気分が上がる。気になるお値段は、超高いものもあれば、特別高くないものもあり、選び方次第でお財布をそんなに痛めないですむ。ただし、水は無料の水道水という選択肢はないらしい。フラットな水を頼んだらボトルでもってこられ、後でお会計を見たら9ポンド(1700円くらい)だった。HILDONというブランドで、故エリザベス女王ご用達のミネラルウォーター。水を飲むというより、やはり体験を買うといったところだろう。料理の味はニューヨークのRH同様おいしくて、満足できるレベルだった。
オランジェリー以外には、薪で焼いたピザを出すアウトドアレストラン、しぼりたてジュースを出すジュースバーがある。ジュースは屋内または屋外の席で飲める。屋外は非常に手入れの行き届いた植木が並び、それも癒しになる。今夏までには、もう1つアメリカンビストロがオープンする予定だ。
店内にはライブラリーもあり、インテリアデザインと建築デザインのレアな専門書が並ぶ。その分野の専門家であれば、ここで長時間過ごすことになるのかもしれない。カスタムオーダーを受け付けるデザインスタジオでは、必要に応じてスワッチをもって帰ることができる。
ちなみに、RHはメンバー価格を設けている。年会費200ドル払うとすべての正価の商品が25%引きで買え、セール品はさらに20%割引になる。RHから直接購入して個人宅で使用されてきた商品に対しては、生涯補償がつく。
気になるのは、このビジネスモデルが利益を生んでいるのかということだ。今年2月3日締めの23年度の売上高は30億2900万ドルと前年比15.6%減、営業利益は3億6600万ドルと同49.3%減、純利益は1億2800万ドルと同75.9%減と、赤字にこそなっていないが残念な業績だった。RHのゲイリー・フリードマン会長兼CEO(最高経営責任者)は、「ここ30年間で最も大変な住宅市場に直面している」と、住宅市場自体の低迷を不振の理由にしている。そうした中でも革新と投資に力を入れ、今後数年間でイギリス、ヨーロッパ、オーストラリア、中東で拡大していくと強気だ。短期では積極的な投資がプレッシャーになるものの、長い目でみれば好機に向けての土台固めの時期と位置付けている。2022年度と2023年度に7600万の自社株を買い戻したことにも、自信のほどが表れているとアピールする。ここ18ヶ月間は過去のバージョンを解体し、より感動的かつ既成概念を破壊する革新的イノベーションを担うブランドにしようとしていると主張する。いずれにしても、究極の富裕層を満足させるなら、究極のラグジュアリーな世界観を築くことは必須だ。RHの世界観を体験し、好印象をもった私としては、現在の投資がやがて業績に繋がることを願う。
一方、ロンドンにあるセレクトショップ、ブルーマウンテンスクールでも、他にない体験をした。店はウインドーを見ただけでは薄暗く、営業しているのかどうかすらわからない。入り口も目立たなくて、閉ざされたドアのそばに小さな文字で「アポイントメント制」と書かれている。それでもブザーを押し、ニューヨークから来ていて今夜の便でロンドンを発つと言ったら入れてくれた。
売り場は地下にあるが、1階の天井まで吹き抜けになっていて、1階の窓を通じて自然光が入る。店内撮影禁止と言われたのでビジュアルで紹介できないのが残念だが、インパクトのある特製のラックにかけた服に加え、大きな浅い引き出しに服を入れている。着物用のタンスのような構造を洋風につくり、1つの引き出しに洋服を2点ずつたたんで入れている感じだ。まるで美術館のように、丁寧に服を扱っている。扱いブランドはニューヨークのAnecho、イタリアを拠点にしたアルチザンブランドのGeoffrey B. Small、イギリスのPaul Harnden Shoemakersなどがある。
この店は、かつては違う店名で誰もが知る最高級デザイナーブランドを扱うセレクトショップだった。しかし、希望する服を買い付けさせてもらえず、「買い付けできるのはこのグループ、最低この金額分買い付けないといけない」などと言われることに違和感を感じるようになったそうだ。それでは他の店と変わらない品揃えになってしまうし、店の規模を考えたらミニマムが大き過ぎるという考えから、2018年に現在の品揃えに変更した。多い時は1時間おきにアポイントが入るという。
RHイングランドとブルーマウンテンスクール、扱い商品はまったく異なるが、そこに行かないと得られないラグジュアリーな体験が肝要なことでは一致している。モノを買うだけなら今はオンラインで買え、店に行く必要はない。店に行って、同じような品揃え、変わりばえしないという印象をもったら、つまらなくて店にわざわざ行こうという気が失せる。必需品は買っても、わくわくするような服を買えるとは期待しがたい。
加えて、双方とも人との温かく意味あるコミュニケーションが存在する。RHではこちらから声をかけない限りほっとかれるが、そっけなくされるとか質問しにくいとかいうことではまったくない。何かあればいつでも歓迎してもらえるという空気感が漂っている。そういう温かい空気感は、AIではなく人だからこそ生み出せるものではないだろうか。
そこに行かないと見れない魅力的な商品を他にない環境で見れること、ただ単に購入する以外にワクワクする類まれな体験ができること、人との温かいコミュニケーションが存在すること、そこにリアル店舗の未来があると考える。
89年秋以来、繊研新聞ニューヨーク通信員としてファッション、ファッションビジネス、小売ビジネスについて執筆してきました。2013 年春に始めたダイエットで20代の頃の体重に落とし、美容食の研究も開始。でも知的好奇心が邪魔をして(!?)つい夜更かししてしまい、美肌効果のほどはビミョウ。そんな私の食指が動いたネタを、ランダムに紹介していきます。また、美容食の研究も始めました(ブログはこちらからどうぞ)