《アントワープの教室から見るファッション教育の今》学生と産業をつなぐ生地屋

2026/01/09 11:00 更新NEW!


ベイカーマットによるアカデミーでの生地オーダー会。新学期に合わせて開かれます

 BAKERMAT(ベイカーマット)という生地屋が、アントワープの学生やクリエイターの間で高い人気を集めています。生産工場とデザイナー、学生をつなぐ存在として、ヨーロッパを中心に日本やインドの工場とも直接取引し、世界各国の良質な生地を1メートル単位で提供しているからです。

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小さな商い強みに

 生地は数十メートル単位での購入が前提となり、学生にとっては「近づきにくい存在」です。それにも関わらず、なぜこの仕組みが成立しているのか。取材を通し、ベイカーマットが生地販売にとどまらず、教育とテキスタイル産業をつなぐ役割を担っていることが見えてきました。

 生産コストの上昇や在庫リスクから、小規模な生地屋が厳しい状況に置かれているのは、日本に限らずヨーロッパでも同様です。大量生産を前提とした仕組みの中で、小さな生地屋が価格や規模で大企業と競うことは現実的ではありません。一方で、小さな商いには大企業にはない強みがあります。それは生産者と使い手の架け橋となり、生産者には「何が必要か」、使い手には「どんな良さがあるか」を伝えられる点です。

生地工場が学生に直接生地を説明するワークショップも行っています

 ベイカーマットは生産工場とデザイナー、学生の間に立ち、小ロットを前提としたビジネスを確立しています。各地の学校を回って小口の需要を集めながら工場とミニマムを交渉し、需要があると判断したものは生産、残った生地は自らの店で扱うことでリスクを引き受けています。この仕組みが、学生でも手に取れる価格と量での販売を可能にしています。

同社が運営する店ではパターンメイキングのワークショップも

 小規模な生地屋は生地そのものより、それに付随する知識や文脈、関係性を提供すべきと彼らは捉えています。どの工場で誰が作り、なぜここにあるのかという情報とともにに商品を届けているのです。

仕組み伝える教育

 学生とテキスタイル産業をつなぐ背景には、高齢化や後継者不足によって世界中で進行する、産業の衰退があります。取材の中で示唆されたのは、こうした状況に対する手段としての「可視化」でした。

 この可視化とは、業界の仕組みや現状を若者にも分かる形で開いていくことです。ファッションを学ぶ学生でも、テキスタイル産業を「よく分からない世界」と感じている人は少なくありません。

 私は日本に帰国してから、大量生産の裏で静かに縮小しながらも、世界に誇れる技術や産地が数多く存在していることを知りました。ファッション産業の鮮やかな部分だけでなく、まだ関わりを必要としている現場を開く。そこに共感する若者が現れれば、産業を支える力になり得ます。可視化は産業を次世代につなぐための前向きな選択なのだと、取材を通して学びました。

店のショーウィンドーに飾られている日本のセルビッジデニム

 学生たちは、ベイカーマットで多くのことを学んでいます。素材がどこから来ているのか、なぜこの価格なのか、どのような関係によって1枚の生地が成立しているのか。生地を手に取る行為を通して、デザインやファッション産業の構造を理解していきます。それは学校で学ぶ知識とは異なる、環境の中で身につけていく実践的な教育だと言えるでしょう。

 アントワープから始まったこの小さな動きは、学生とファッション産業を早い段階から緩やかにつなぎ直すためのヒントを、私たちに与えてくれています。

上田祐平(うえだ・ゆうへい) 96年生まれ。高校卒業後に渡米し現代アートを学ぶ。その後、ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズでファッションの基礎を修め、19年からアントワープ王立芸術アカデミーに進学。学士課程ではメンズ、修士課程ではウィメンズのコレクションを制作し、24年に首席で卒業。現在は奈良と京都を拠点に、素材や衣服の可能性を探る研究を続けている。


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