《アントワープ仕込みの世界ファッション観測》「記号化」と「トレンド」 オリジナルであることの強さ

2026/09/04 12:00 更新NEW!


ポートフォリオの画像の配置方法を教えるセントマーチンズの授業

 古い建物、無垢(むく)な木材、石、植物、余白のある空間――京都を歩いていると、雰囲気の似た店が増えていることに気がつきます。ファッションでも技法やシルエット、素材、スタイリングが突然広まり、似た表現であふれることがあります。私たちはそれを「トレンド」と呼んでいます。しかし、なぜ一つの表現は波及していくのでしょうか。その仕組みには「記号化」が関係していると感じています。

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感覚を想起

 記号化とは、抽象的なアイデアや感覚を受け手が読み取れるフォーマットに置き換えることです。例えば「静けさ」という感覚は目に見えませんが、石や余白、ゆっくりとした時間を感じさせる植物などを使えば、それを表現できます。言葉で説明しなくても、モノの組み合わせによって、見る人にある感覚を想起させることができるのです。

関守石(止め石)。日本庭園や茶室で使われていたものだが京都では衣料品店でもよく見られる

 これはファッションでも同じです。服の色、素材、形、着こなしなどに意味を持たせることで、「若々しさ」「上品さ」といった抽象的な価値まで伝えることができます。その半面、一度「方法」として認識されると、他者に模倣されやすくなります。

模倣の危うさ

 セントラル・セント・マーチンズ基礎学科のコラージュの授業でのこと。多くの生徒が写真の輪郭をきれいに切り抜く中、一人の生徒が写真をあえて適当に切り、印刷されていない余白まで残して貼っていました。先生がそれを「面白い」と評価すると、翌日には同じ方法でコラージュを作る生徒が増えたのです。

 最初の生徒にはテーマとの関係や自分なりの考えがあったのでしょう。しかし、他の生徒がその背景まで理解したわけではありません。「余白をあえて残す」という部分だけを取り出し、それを面白い方法として使い始め、トレンドとしてクラスに広がっていきました。表現は記号化されることで共有され、方法は模倣されていくものだと実感する出来事でした。

 同時に、模倣には危険性があることも学びました。短期間では、誰が最初に始めたのかよりも、見た目の良さや面白さが評価されます。しかし、制作が長期に及べばそうはいきません。他のアイデアとの間に矛盾が生まれやすいからです。一方、オリジナリティーのある表現は時間が経つほど強くなります。自分の考えや経験から生まれた表現であれば、その後の制作にも一貫性を持たせられるからです。

 京都で似た雰囲気の店が増えていく現象も、こうした記号化と模倣の結果なのかもしれません。一つの表現が記号化され、その意味が共有されることで、多くの人が同じ表現を使うようになる。それがトレンドを生むのです。しかし、トレンドには必ず衰退があります。ある表現が浸透すると、人はまた新しい表現を求めるようになります。横並びになった表現の中で差を生むのは、表面的な新しさだけではありません。その表現がどれだけ深く、その人自身の考えや経験と結びついているかが問われます。

 記号化は、感覚や価値を多くの人と共有する強力な方法です。しかし、それが広がった後に残るものまで、誰かのまねではいられません。横並びになった時、初めてオリジナリティーの奥行きが評価されるのではないでしょうか。

上田祐平(うえだ・ゆうへい) 96年生まれ。高校卒業後に渡米し現代アートを学ぶ。その後、ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズでファッションの基礎を修め、19年からアントワープ王立芸術アカデミーに進学。学士課程ではメンズ、修士課程ではウィメンズのコレクションを制作し、24年に首席で卒業。現在は奈良と京都を拠点に、素材や衣服の可能性を探る研究を続けている。


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