《連載 クリエーターをクリエートする 英国ファッションカレッジのリーダーたち》
―――8月26日付け繊研新聞・最終面で、新連載がスタート。
ぜひご注目ください。
ファッションが面白くない。時代を切り開く新進デザイナーが現れない。そういわれる今なお、ロンドンからは相次ぎ有望な若手がデビューしている。ロンドンのファッッション教育は、日本とはどこが違うのだろうか。
アレキサンダー・マックイーンをはじめ、クリストファー・ケイン、メアリー・カトランズら数多くの著名デザイナーを輩出しているのがセントラル・セントマーチン美術大学(以下セントマーチン)のMA(修士課程)ファッションコース。彼らが恩師として絶大な敬意を示すルイーズ・ウイルソン教授が昨年5月、52歳の若さで他界した。22年間、威圧的なまでの迫力で、学生たちを叱咤(しった)激励してきた名物教授の死は、一時代の終わりを感じさせる。
その後任を務めるのがファビオ・ピラス氏。90年代中頃のロンドンムーブメントを牽引(けんいん)したデザイナーの一人で、日本でもルック(当時はレナウンルック)が契約し、セレクトショップで広く販売されていた。ファビオは次なる時代の扉を開けるのだろうか。英国のファッションカレッジのリーダーに聞いた。
(ロンドン=若月美奈通信員)
――長年このコースで教えている。
MAを卒業した2年後の95年から週に1日ぐらいのペースで教えています。その頃は自身のブランド「ファビオ・ピラス」を立ち上げ、同級生を集めて「コミューン」というグループを作ってパリの合同展示会にも参加していました。その後、イタリアのブランドを手掛けたりして5年ぐらい空白の時期もありますが、09年にロンドンに戻ってからはずっと教えています。
――そもそも先生になったきっかけは。
ルイーズが声をかけてくれました。「コミューン」のアイデアを気に入ってくれたのでしょう。実はルイーズとの出会いには運命的なものがあるのです。最初に彼女の存在を知ったのはお互い学生のころ。バスの中で、あの黒ずくめの服装で威圧的に話すルイーズを見かけ、強烈な存在感に興味を持った。もちろんその頃は話しかけもせず、もう一度会いたい一心で同じバスに何回も乗ったりしました。
そしてセントマーチンのBA(学士課程)に入学すると、そこにルイーズがいた。その時彼女はMA最終年の学生だったのです。そして私がMA最終年の時、ルイーズがMAの主任教授になりました。