革小物のヘリテッジ 修理を前提にした職人技が強み

2021/03/14 06:28 更新


 革小物のDtoC(メーカー直販)ブランド「クラフスト」を運営するヘリテッジ(東京、久保順也代表)は、昨年夏にショップインファクトリーを東京都台東区に開設した。同ブランドは「良いものを長く使い続けてほしい」との思いから、修理を前提としたものづくりを特徴にしている。「永年無償修理体制」を設け、モノとしての価値を顧客と共に育てていく。今後の成長に向けて、若手職人の育成にも力を入れる。

■耐久性と美を両立

 クラフストは「フューチャービンテージ」をコンセプトに、長年使い続けることで輝きを増すものづくりを目指す。これは欧州メゾンブランドでの修理経験が豊富な職人、太田玲氏の「作るよりも直すことの難しさを熟知してきた」体験や技術から生まれた。使い続ければ必ず傷んでくる部分があるのを分かっていれば、事前に補強したり、作る段階から壊れた時に修理しやすい構造にしたりすることも可能になる。壊れ方で顧客がどう使ったかが見えるからだ。例えば、製品を組み立てる際に使う糊(のり)。多くの種類の中から修理(分解)時にはがす前提で適したものを選ぶ。仮止めの両面テープもはがしにくいので極力使わない。また、財布の内側のカード収納の取り出し部分にステッチを入れるか、入れないかなどの仕様も日常生活での使い方を想定して選ぶ。革の厚みから使う糸、針まで最適なものを見極める。

修理経験豊富な若手職人、太田玲氏

 「長く愛用してもらうには耐久性と美しさのバランスが大事」と太田氏。使用する素材は、生涯使い続けられるような上質かつ堅牢で、使い込むほどに手になじみ、経年変化が楽しめる革として、コードバン、ブライドルレザーなどを厳選している。単に耐久性を追求すると分厚く武骨になってしまう。究極的には革でなくてもよくなる。逆に美しさを優先すると薄くすればいいが、破れやすくなるため、見た目がスタイリッシュになるように工夫しなければならない。財布の断面の角を落としたり、革が何枚も重なる部分をたたいて圧着したりと、ひと手間加えることが大切だ。断面の処理を「コバ塗り」にするか「ヘリ返し」にするかも、使うシーンから選択するなど全ての仕様に技術的な背景がある。「耐久性と美の両立という矛盾を解決するのが人の力(技術)であり、それが世の中にない新しい価値を生み出すことにつながる」(久保代表)と強調する。現在、アウトドア用の機能素材「ダイニーマ」と革を組み合わせ、若い世代の心にも刺さる新たな商品開発に挑戦している。

東京・下町に開設したショップ・イン・ファクトリー
耐久性と美しさのバランスが絶妙な革小物「クラフスト」

■データの見える化

 通常、ファクトリーブランドは職人技を軸にアナログな世界にこだわりがちだが、クラフストの場合、販売と生産現場をつなぐデジタル化も強み。購入者の7割はECが中心で地方客となる。顧客からの受注データは生産側も含め社内で同時に見える化している。同社は大きなロットをまとめるような物作りと違い、月に数個でも売れれば作り続ける。受注生産的な体制を基本に定番化していく。例えば、黒のブライドルレザーの財布が品切れになった時にはECサイト上で受注生産の表示に切り替わるようにしている。自社生産だからこそ、品質管理や納期短縮なども可能となるのが大きなメリットだ。

 自社のショップインファクトリーでは経験豊かな若手職人2人がものづくりを担う。一部協力工場での生産もあるが、裁断から組み立て、縫製、仕上げまでほぼ全工程を自社で手掛ける。今後、2号店の出店も計画しており、生産体制を増強する。そのため、ものづくりを志向する新人採用を予定する。一般的に革小物の生産は分業制が基本だが、同社では全工程を一人で手掛けられるようなマルチな人材育成を目指す。そもそも革小物業界では求人もほとんどなく、待遇・労働条件が低水準なところが大半を占める。職人になりたい若い世代は夢をあきらめがちで、仮に就職できても退職する人が多いのは大きな課題だ。久保代表は「革関連の職人を目指す若者が働く場の選択肢の一つになりたい」と考えており、「若手を育成するためにも生産と販売が一体となった自社ブランドの存在は大きい。ダイレクトに顧客のためのものづくりは品質・技術の向上にも不可欠」と前向きだ。

長く愛用される革小物の作り手

《チェックポイント》「永年無償修理体制」を設ける

 クラフストでは「永年無償修理体制」を設け、顧客との信頼関係づくりに注力している。10年後も使い続けられるよう、素材を厳選し、職人の高い技術によって、飽きないデザインで作り上げた革小物が前提となる。革製品ならではの経年変化を楽しむことで使い込むほどに愛着を深めることができるブランドの世界を実現する。様々な革製品の修理を経験してきた太田玲氏の職人技を生かす。さらには販売して終わりではなく、アフターケアを含めてモノとしての価値を顧客と一緒に育てる楽しみを共有する。修理とは元通りに戻すだけでなく、耐久性をさらに向上させることで、顧客の信頼も高めること。無償修理の内容は①縫製箇所のほつれ直し②のり剥がれ部張り直し③ファスナー引き手取り付け④金具打ち直し⑤ホック交換⑥コバ塗り直し(10センチ以内)⑦キーケース金具交換(金具パーツ代は有償)⑧ジッププル作製交換などとなる。

《記者メモ》コロナ禍で方向性が明確に

 「コロナ禍のおかげでビジネスの方向性がより明確になった」とオンラインを強みにした経営に振り切る久保代表。職人技を武器にしたファクトリーブランドが増えている革小物業界で、競合との差別化が鮮明になった。DtoCブランドというだけあって生産や販売の担当だけでなく、システムエンジニアやプロモーションやクリエイティブなど若いスタッフでチームを組み、ブランド運営する姿に新しい息吹を感じる。ダイレクトに顧客の声が反映できるため、立ち上げから数カ月でセミオーダーも開始した。自社でECサイトを構築しており、来店予約制やオンラインコンシェルジュサービスも素早く導入した。来年以降には越境ECもスタートし、新たなマーケット開拓に挑むというクラフストの今後が楽しみだ。

(大竹清臣)

(繊研新聞本紙21年2月3日付)

関連キーワードものづくり最前線



この記事に関連する記事

このカテゴリーでよく読まれている記事