今年の全米小売業大会はコロナ禍のため、オンラインで開催された。会期中、「5年で起こるべき変化が5カ月で起きた」という発言が何人もの講演者から聞かれた。思わぬ「早送り」から生まれたライフスタイルの劇的変化と新しいニーズ、数年後の消費者像がみえてきた。
必要なのは希望
「こういう話は今までの全米小売業大会で聞いたことがなかった」と強く感じたことがある。それはメンタルヘルスだ。コロナで先が見えないなか、自宅待機やリモートワークを強いられ、それが従業員と消費者に与える精神的影響を考慮すべきという視点だ。
今まで「サステイナビリティー」(持続可能性)は環境に関連して使われることが多かったが、人としてもサステイナブルであることを考えないといけない。顧客に対応するために、まず従業員の精神状態をいい状態に保つことが企業に求められる。もろくなりがちな消費者に求められる商品は何かという視点を持つと、さまざまな商品とサービスがみえてくる。
サクスフィフスアベニューのマーク・メトリック社長兼CEO(最高経営責任者)は、「自宅でリモートワークしているスタッフに会社とつながっていると感じてもらえ、やる気を持たせる上で必要なのは共感とコミュニケーション。会社の価値がどこにあるか理解してもらい、従業員が意見を言いやすい組織であることが大事」と話した。
メトリックCEOはスタッフが彼のオフィスに来たり、グループで共用エリアに集まったり、Zoomで話したりする「オフィスアワーズ」を定期的に開催している。特にZoomは自由に意見を述べられる非常にいい場になっているそうだ。
ウォルマート・インターナショナルのジュディス・マッケナ社長兼CEOは、「先が見えない中で従業員のやる気を保つために何をしたか」と聞かれたときに、ウェルネスとメンタルヘルスに触れ、「それでいいんだよ、気分転換が必要ならそれはよくわかるという態度が大事」と話した。
マッケナCEOは昨年初めて、世界中のスタッフをつないだオンラインカンファレンスを開いた。スタッフの奮闘を褒めたたえ感謝し、コロナ禍で顧客とコミュニティーをサポートするために実施してきたことを共有した。離れていても「コミュニティー」の感覚をつくることが非常に大事だからだ。マッケナCEOは、「今リーダーシップに必要なクオリティーを一つ選ぶなら〝希望〟」と語った。
共感と脆弱性
ウェルネスに関するさまざまな商品とサービスを提供しているWWインターナショナルのミンディ・グロスマン社長兼CEOも、「共感と脆弱(ぜいじゃく)性は、10年前だったらリーダーシップにおいて弱々しいと思われただろうが、今は強みになる。ニーズを特定できることが、今までになく必要だから」と語った。さらに、「コミュニティーを築き、〝互いにそこに一緒にいる〟と感じられることが、いま一番重要」と強調した。
WWインターナショナルは昨年11月、会員の食べ物の好み、行動レベル、睡眠習慣、ライフスタイルを元に、AI(人工知能)を使ってパーソナライズした総合的ウェルネス行動計画をつくる「マイWW+」を発足した。今年初めに発足した「D(デジタル)360」は、減量、フィットネス、マインドフルネスのガイダンスを受けたい時にデジタルで受けられるシステムだ。
一方同社は、経済的に困窮している10万人に3カ月無料のメンバーシップを提供した。グロスマンCEOは、「ウェルネスの民主化」を口にした。コロナが蔓延(まんえん)してから、エッセンシャルワーカーには黒人とヒスパニック系が多く、感染する割合が白人より高いことが白日の下にさらされた。裕福な人たちだけがウェルネスを実践できる状況を変えようとするWWインターナショナルの行動は、顧客の共感を得たに違いない。
(ニューヨーク=杉本佳子通信員)