ドイツで最近リビングルーム・コンサート(原語Wohnzimmer-Konzert. 以下WK)という言葉を耳にするようになった。
半年くらい前、テレビで英国のバンドがドイツの若者のアパートにやってきてコンサートをする様子についてのレポートがあった。20~30㎡の部屋で、だ。その時は、テレビ局とミュージシャンによる実験的な試みなんだろう、くらいに思っていた。
その数カ月後なんと、自宅でコンサートを開くからおいで、という招待を、知り合いから受けた。ローカルテレビにも登場するコメディアンが、ケルンから来るという。
しかしながら、ドイツに住んで長い筆者にとっても、お笑いドイツ語は難度が高い。何が可笑しいのかさっぱり分からなかったり、誰も笑わない箇所で笑ってしまったり、う~ん、悩んでしまう。でも、最新トレンドのWKを体験できる貴重なチャンスでもある。勇気を奮い招待に応じることにした。
信じられないハインツ
主催者ブリギッテ・ラーンさんは、フランクフルトの東約50㎞に位置するアシャッフェンブルクという町に住む。コンサートは彼女のアパート(日本風にはマンション)の、文字通りリビングルームで行われた。
25㎡ほどの部屋には、物が脇に寄せられ、20~30人分の観客席が用意されていた。複数の人が持ち寄ったようで椅子の種類は様々。ブリギッテさんの友人、仕事仲間、家族、親戚が呼ばれていた。
まずはビュッフェに置かれたソーセージやサンドウィッチをつまみながら互いに歓談。皆でコメディアン、der unglaubliche Heinz(信じられないハインツ)を待った。
主催者ブリギッテさんと彼女の甥。友人・親戚、数十人が集まった
途中、鉄道が遅れている、という電話が入る。待つこと数十分。呼び鈴が鳴り、ギターを持ったハインツが到着した!部屋が静かになり、緊張が高まる。一分ほど廊下でゴニョゴニョとブリギッテさんとの打ち合わせ。その後ブリギッテさんのよるオープニングの挨拶、そして彼女の合図とともに、ハインツがリビングルームに飛び込んできた。コンサートの始まりである。
ハインツが最初にしたこと。それは窓を閉めることであった。近所迷惑を考えての配慮だろう。その後、ギターにのせてのテンポに富んだ自作の小話が始まった。話術、演技力、オーラ、さすがプロだ。数メートルの近距離から見るせいか、その凄さが濃縮される。またテレビと違い3Dのせいか妙に大きく感じられる。
話のテーマの中心は、家族や男女関係。普遍的テーマのせいか、テレビと異なり集中して話を聞いているせいか、以心伝心するのか、驚いたことに9割は外さず笑えた。オリジナルの歌を一緒に歌わされたりするのがちょっと苦だったが、小さな会場では参加しないわけにはいかない。暫くすると慣れる。
笑って歌うこと約1時間、ちょっとしんみりとした歌でコンサートは幕を閉じた。といっても幕も舞台裏もないので、ハインツが部屋を一度出ることがおしまいを意味した。
盛り上がる
ハインツはその後もその場に残り、飲み食いしつつ、歓談に加わる。気さくな人だ。折角の機会、WKについてインタビューしてみた。
定期的に舞台で仕事をしているが、お休みの時期を利用し、WKツアーに出るのだそう。音楽部門では増え出しているものの、コメディアンによるWKはまだ殆どないとのこと。ホームページで募集し、ファンが応募し、条件が合えば契約が成立する。
「条件とは?」「(単なる出し物としてではなく)自分のショーを本気で見たいと思ってくれている、と判断すれば、喜んで行く」。以前ケルン近郊に住んでいたブリギッテさんは、当地で彼の舞台を見て以来のファン。自分への誕生日プレゼントとして応募してみたそうだ。
お値段を聞いてみると、参加者数で割れば1人当たり映画を二回見たほどに相当。インターネットを通して本人が直接管理していることもあり、決して高くはない。
ハインツはこれまではどちらかといえばケルンのローカル・スター。分権国家のドイツには、文化・芸能の中心地も複数ある。そんなドイツでも、場所を越え、ネット通販のごとく、スターがファンへ芸を届けにくる時代になりつつあるようだ。
フランクフルト在住。身長152cm。大きなドイツ人の中にいると小人のように見えるらしい。小回りだけは利くジャーナリスト兼通訳。ファッションからヘルスケアまでをカバーする。