独メルケル首相のファッション考(吉田恵子)

2013/11/28 15:57 更新


今秋現政権がドイツ総選挙で圧勝し、アンゲラ・メルケルの首相再任がほぼ確実となった。

世界で最も強い権力を持つ女性、といわれるメルケル首相。常に情勢と周りの空気を読み、適切な言動を取れる人。失言も殆どしない。国内政治家ランキングでも男性政治家を差し置き、常に1、2位につけ、国民から厚い信頼を得ている。

政治家としての評価とは対照的に、彼女の服のセンスの評判はすこぶる悪い。「いつも同じにみえる。ズボンとブレザーで、色だけが変る」(南ドイツ新聞)、「連邦議会とほぼ同じ格好でオペラ・フェスティバルへ」(ライニッシェ・ポスト紙)等々、批判的評価を集めればきりがない。

 


これはメルケル首相ブレザー・コレクションのほんの一部 (Stern誌)


公の場で二度着用し「ドレスのリサイクル」と揶揄されたドレス(Focus誌)


お洒落に関心のない人ではないと思う。政治の第一線に登場する前は、コムデギャルソンを彷彿させる黒いワンピースできめていた時代もあった。夫ザウァー氏と毎年訪ねるバイロイト音楽祭では、露出度が高めのドレスをシャープに着こなしていた写真も残っている。

2008年ノルウェー王室の招待でのオスロ外遊時には、瞳と同色のブルーをあしらった優雅かつ大胆なドレスで周りを驚かせた(関心のある方は、ROBE、MERKEL、OSLOでグーグル検索してみて下さい)。この時は「C&A(ドイツ国内の大衆衣料チェーン)からディオールへ」(シュテルン誌) 等、珍しく褒め言葉も聞かれた。

しかしながら日常の仕事着は、メディアからは「制服」とも揶揄される、似たような型のブレザーとズボンに組合せだ。華やかなヒラリー・クリントン前米国務長官やクリスティーヌ・ラガルド国際通貨基金専務理事とは対照的である。

メルケル首相だけではない。ドイツの女性政治家は一般にマスキュリンで、濃い色のパンツスーツを纏っていることが多い。

ファッション理論の研究家バーバラ・フィンケン氏は「ドイツで政治とファッションは両立しにくい。政治家として権威を得るには、女らしさを捨てるという葛藤と闘うことになる」と背景を説明する。この点、権力と女性らしさは矛盾しないという、ラガルド氏の出身国フランスとは異なる。

独デザイナーのミヒャエル・ミヒャルスキー氏は「首相がもし過度にトレンディーな服を着たとしたら、(それはそれで)嘲笑を受けるだろう」(フォークス誌)と推測する。女性としてはお洒落でないことが、他方政治家としてはお洒落であることが、非難の種となるわけである。

イタリア・ボーグ誌のソッツァーニ編集長はそんな首相のアウトフィットを「私はこんなに普通なの」ということを伝えるための「意識的にファッショナブルな服を着ないというファッション・ステートメント」と解釈する。またつまらぬ事に振り回されずしっかりとした政治をするメルケル首相を「素晴らしい。イタリアに借りたい」と称える。

制服風着こなしは、女性のエゴ等邪念は捨て政治家に徹しよう、というメルケル首相の決意の表れ、とみることができそうだ。そしてそんな首相、なんやかんや文句をつける男性優位の社会にありながら、多数に支持されている。



フランクフルト在住。身長152cm。大きなドイツ人の中にいると小人のように見えるらしい。小回りだけは利くジャーナリスト兼通訳。ファッションからヘルスケアまでをカバーする。



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