「蚊帳の内にほたる放してアゝ楽や」。江戸時代の俳人で画家の与謝蕪村の句である。蚊帳とは就寝時の蚊の侵入を防ぐため、目の粗い織物で作ったテント状のもの。60年代半ばまで重宝されたが、網戸や殺虫剤の普及とともに、ほとんど目にしなくなった。
蚊帳の歴史は古い。応神天皇の時代に中国から渡ってきた「蚊屋衣縫」という職人が日本に伝えたという。当初は麻製が主流で、長く貴族などの上流階級の持ち物だったが、江戸時代以降の木綿の普及とともに庶民にも広まった。「大和木綿」で知られた奈良も一大産地となる。
「昭和40年(1965年)が大きなターニングポイント。その後は寒冷紗や工業用資材で何とか乗り切ってきた」と奈良県織物工業協同組合の丸山欽也理事長。「若い人は蚊帳という言葉も知らないでしょうね」。事実、記者が20代の女性数人に聞くと、本当に「蚊帳って何ですか」という答えが返ってきた。
そうしたなかでも、新たな挑戦が生まれている。今春には防虫目的でなく、エアコンの風よけやプライベート空間創出を狙った小型の「蚊帳ハウス」を開発し、応援購入サービスで展開した。蚊帳の中で蛍が飛び交うような風流な光景は、もう見られないか。ただ、需要の減少は、たんす在庫にないということでもある。新しい発想に期待したい。