「着物は、スタイルも作りも今のままでいい。何も変える必要はない。ただ、それをちょっと違う見方をして、様々な男性たちに着てほしい」。
ガーナ共和国出身。ノルウェーを拠点に自身のビスポークテーラーを営むT・マイケルさんはそう語る。そしてこの秋発売したのが、スーツと同じ素材で作った男性用の着物「T-KIMONO」。ロンドンの中心街、ピカディリー通りの「T-Michael」のショップには、1本のハンガーラックに同じ素材のジャケットと羽織りが並び、シャツの上に長着を羽織ったトルソーが目を引く。
英国紳士に着物を着て欲しいなんて絵空事。あるいは、昔から蚤の市などにある、日本贔屓の西洋人が古着の女性用着物を集めてガウンのように売っている怪しい店が頭をよぎるかもしれない。
しかし、この「T-Michael」の売り場を見ると、これがなんとも自然に着物がスーツに馴染んでいる。とりわけ、「粋」とか「詫び」「寂び」と言ったニュアンスが伝わる英国紳士には、案外すんなりと受け入れられるのかもしれない、という気がしてくる。
「T-KIMONO」は、T・マイケルさんと、今年100年を迎えた日本の着物屋「やまと」のコラボレーションによって誕生した。「やまと」は長年女性向けの着物を販売してきたが、15年3月に初めての男性向けの着物店「Y. & SONS」を東京・神田にオープン。着物テーラーをうたうこの店では、着物は誂え、つまりオーダーメイドだが、和装にも洋装に合わせることができる帽子やバッグ、靴、革小物なども品揃えしている。
その1つがノルウェーのレインコート「ノルウェージャンレイン」で、T・マイケルさんは自身のテーラーに加えてこのブランドのデザイナーも務めていることから、「Y.& SONS」と出会った。
そうして訪れた東京で、「Y.&SONS」の矢嶋孝行さんと、伝統を大切に現代のスタイルを提案することで意気投合し、どちらからの提案ということもなくコラボレーションの話が進んだというわけだ。日本での10月からの発売に先駆け、9月から店頭に並んだロンドンの店では、「T-KIMONO」だけでなく、「Y.& SONS」の既成品の着物を販売する1ヶ月間の期間限定売り場も登場した。
実は矢嶋さんは「やまと」の創業者のひ孫。消防士やホテルマンをしていたが、数年前に家業の着物屋に入った。そこで、自身も着物を着ようと思ったところ、男性用の選択肢は非常に数なく、このままではなくなってしまうのではないかという危機感を感じた。
そうして立ち上げたのが「Y. & SONS」。当初は、店頭で品揃えしたいと思う商品のブランドを訪ねても、なかなか理解してもらえずに苦い経験もしたが、その後ビジネスは順調に伸びている。「モデルやセレクトショップで働いている人など、洋服に飽き、新しいスタイルを求める人々に支持されている」という。
実際、着物を着るという行為、つまり着付けのことを考えると、男性の方が女性よりも簡単。まして、ウールの着物だったりすると、色や質感などスーツとの距離はそれほどなく、女性のように「いざ、着物を着る」といった覚悟なしに身につけられる。
「毎年のように、取引先の生地屋さんから廃業の通知が届く。このままでは将来、着物を着たいと思っても着られなくなってしまう」と憂う矢嶋さん。そのためには、反物を日本の着物だけでなく、西欧の服にも活用できるようなアプローチをしたいと、次なるプロジェクトも思案中だそうだ。
あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員