尾原蓉子の全米小売業大会リポート16

2016/02/15 06:08 更新


進むデジタル化とディスラプション(秩序の崩壊)

 恒例の全米小売業大会(NRF Big Show)第105回が1月、ニューヨークで開催された。筆者にとっては30回目の大会で、1987年から1年も休まず参加したことに我ながら驚いている。

 この30年間で繊維・アパレル業界は巨大な変容を遂げたが、過去3年の小売業界の変化はそれに匹敵するほどの大きさだ。3年前の当リポートで強調した「小売りに革命が起きている」は加速が継続中。

 今年はウーバーAirbnbが頻繁に引用された。いずれも個人所有の車や部屋を活用し、オンデマンドでタクシーやホテル機能を提供する、デジタル時代ならではのビジネスモデルである。Out of Nowhere、つまり〝突然出現した〟これらは、従来のビジネス秩序をディスラプト(崩壊)する象徴的モデルだ。

 今大会はファッション関連企業の成功物語の少ない大会であった。しかし、デジタル化の進展は加速し、過去最大の565社が競った展示場では、IoT(もののインターネット)、ロボット、AI(人工知能)をはじめとする各種テクノロジーやソリューションの紹介が活発であった。


■業界の現況

 暖冬と訪米海外客減少など苦戦したホリデー商戦。売り上げは3・7%増の予想に反し3%増にとどまり、1月の売り場はセールの山。70%オフのサインが目立った。

 ホリデー商戦の不振にネット売り上げ拡大が加わり、店舗閉鎖が相次いでいる。メイシー百貨店は今年初めに40店閉鎖と4500人の解雇。店舗閉鎖数はJ・C・ペニーが40店、ターゲット13、ウォルマート米国で154、ギャップ75と発表されている。EC拡大とともに過剰店舗とスペースの縮小・転用を模索する時代に入った。

 ホリデーのネット販売は10~11月で20%増と好調。特にスマホの伸びが59%と目立ち、15年の小売りネット売り上げの17%を占めた。フォレスター・リサ―チは、今年中に米国EC売り上げの25%がスマホになると予測する。

 ソーシャル・メディア(SNS)の拡大も目立ち、Snapchat、インスタグラム、各種ビデオなどに加え、SNSのBUY(買う)ボタンや、インフルエンサーによるマーケティングも重要になってきた。

 レンタルやサブスクリプションの新ビジネスも増え、便利なアプリやサービスに慣れてきた消費者の要求は高まるばかり。即日配達も主要小売業の大半が今年中に対応するとの予測だ。

 ファッション業界では、先端技術活用の革新的デザイナー、レベッカ・ミンコフが話題だ。今月のファッション・ウィークで、「秋冬物でなく、昨秋発表した春夏物を修正・編集・拡張し、消費者も招待して」見せるという。人々の生活実感から乖離(かいり)している業界カレンダーを、ディスラプトするものだ。


■NRF大会概要とキーワード

 大会は、1月17日~20日、ニューヨークのジャービッツ・センター11万平方㍍を貸し切って開かれた。参加者は過去最大の3万5000人。海外85カ国・地域7767人(最大はカナダ1286人、次いでブラジル、フランス、英国など)。日本は展示企業も含め177人で、昨年より10人増えた。

 テーマは〝Retail in a BIG WAY〟=「小売りを大きく考える」。展示と並行して行われる150超のセミナーのうち、大型セッション九つは、ホテルのホスピタリティー事例など、今年は異業種に学ぶ企画が多かった。

 今年のキーワードは、ディスラプト、デジタル、シームレス、オンディマンド。オムニチャネル、ミレニアル世代、顧客体験、パーソナル化――が大きなテーマだ。

 

成功の鍵は「すぐれた顧客体験をシームレスに」

■デジタルでディスラプト

 私が最もインパクトを受けたセッションは、メイシー百貨店のテリー・ラングレンCEO(最高経営責任者)とアメリカン・エクスプレスのケネス・シュノーCEOの対話だ。テーマは「急速に変化する業界でデジタル・トランスフォーメーションをどうリードするか?」。

 

ディスラプションを語るメイシー百貨店のT・ラングレンCEOとAMEXのK・シュノーCEO
ディスラプションを語るメイシー百貨店のT・ラングレンCEOとAMEXのK・シュノーCEO

 

 リアルとデジタルの世界が融合する中で、企業は主要プレーヤーが組み上げるダイナミックなエコシステムに対応するべく、イノベーションを加速させている。対話では、創業から165年のアメリカン・エクスプレス社が、その事業を当初の貨物輸送からトラベラーズチェックへ、さらにクレジットカードからモバイルなどデジタル支払いに変容させてきたこと。

 それは、顧客ニーズに応えたディスラプション、継続的な自己否定的革新であることを強調。例えば、稼ぎ頭のトラベラーズチェックに代わるクレジットカード事業への移行は、大反対された。しかし今やクレジットカードすら不要なモバイル支払いが急伸。ウーバーでは顧客が意識しなくても自動的に支払いが完了する時代だ。ポイントで支払いをするミレニアル世代。ビットマネーも話題を呼んでいる。

 メイシーのラングレンCEOも10年前、Eビジネスへの巨額投資を懸念する声を振り切って、「我々がやらなければ誰かがやる」と断行した、とコメント。また自分のビジネスを広くとらえ、企業間のパートナーシップを強化することの重要性を強調した。すべては顧客ニーズの満足と優れた体験の提供で、ウィン・ウィンを達成するためだ、と。

 この対話に先立つHSN(テレビショッピングの大手)のミンディ・グロスマンCEOのメッセージも強烈であった。「自らをディスラプトしない限り、他者にディスラプトされてしまう」。「我々は360度の視野で変化を把握し行動せねばならない。チャネルの壁は崩壊。かつてマルチチャネルという言葉に興奮したが、その後オムニチャネルが登場、いまやビジネスはDistributed Commerce(分散的コマース)というべきものになった。ここでの〝新しいPOS″は、顧客自身のスマホだ。どこにいても、BUYボタンを押すことが出来るのだから」。

 

「チャネルの壁は消滅」を強調するHSNのM・グロスマンCEO
「チャネルの壁は消滅」を強調するHSNのM・グロスマンCEO
 

■リアルかデジタルか? 答えは〝両方″

 リアル店舗が、急伸するECビジネスの脅威にどう立ち向かうか、は今年も大型セッションのテーマだった。実際にアマゾンのアパレル関連売り上げは14年第3四半期からの1年で87%上昇。15年売り上げは163・4億㌦で米国アパレル市場の5%を占め、17年にはアパレル売り上げナンバーワンのメイシー百貨店を追い抜くと予想されている。

 セッションでは、SCの革新的ディベロッパー、ウエストフィールド社のスティーブン・ロウリーCEOがアンダー・アーマー創業者のケビン・プランクCEOなどとホットな議論を交わした。

 「店舗は今や、単純な売り場ではなく、ショールームであり、倉庫だ。ディベロッパーと小売業の関係は、店舗を作れば終わり、という従来とは異なり、協力して優れた顧客体験を提供することが不可欠になった。たとえばウエストフィールド・モールでは、駐車場に入る車のナンバープレートを読み取り顧客に最も便利な駐車スポットへ誘導する。顧客の買い物データのシェアリングで可能になった」とロウリー氏。「顧客を共有する企業同士がデータやナレッジも共有することで、顧客への優れたサービス提供が出来る。ウーバーは自社の専有情報を行政とシェアしている。〝コラボレーションこそ、新たなコンペティション〟の時代だ」。

 アンダー・アーマーのプランク氏が強調するリアルの重要性は、創業の物語に始まる。メリーランド大学のフットボール選手であった氏は、汗でぐしょぬれになり身体にまとわりつく当時の綿のTシャツを何とかしたいと、合繊のコンプレッションウエアを開発。卸売りから始めたが、在庫処分の「ファクトリー・ストア」を開設。その後〝アンダー・アーマー″(下に着る鎧(よろい)の意)を〝スーパーパワーを感じるブランド″として確立するため「ブランドストア」を設立。さらにECサイトを開設。目的は、ビジネスのパーソナル化とローカル化で、ECはグローバル展開にも貢献しているという。

 創業した96年から毎期25%以上を伸ばし15年売上高は40億㌦という快進撃で、新店舗も今年200店を開店する同社は、未来へ向けて「全製品をスマート化する。昨年、睡眠、フィットネス、運動、栄養に照準を当てた初心者向けキット、HealthBoxを発表した。最初の20年はアスリートのウエアを変える会社だったが、これからの20年は、アスリートの生き方を変える企業になる。車の所有者が愛車の調子をよく知っているように、アスリートが自分の体調を包括的に把握しているようにしたい」という。

 顧客は若者が大半。ミレニアル世代は非常に社交的だ。自分のワークアウト目標をオンラインでシェアもする。同社の目標はフィットネスのフェイスブックになることだとも言う。リアルなウエアとリアルなフィットネス。顧客が望むときに望む形でアンダー・アーマーにアクセス出来るために、「リアルもデジタルも、両方とも重要だ」と氏は締めくくった。

オムニチャネルの進化=長い道のりコラボで挑戦


■進化するオムニチャネルへの挑戦

 モバイルの威力と利便性を体験してしまった生活者にとって、オムニチャネル以外の選択肢はない。彼らはもはや「チャネル」の意識もなく、いつでも、どこでも、好きなやり方で、情報を得、発注し、商品やサービスの即入手を期待。その体験を評価し、発信する。これらがシームレスに、イラつくことなく進められることが不可欠。オムニチャネルは、いまや「チャネル」でなく「顧客体験」の問題になった。

 しかし米国小売業の大半が取り組むオムニチャネル達成への道のりは険しく長い。アマゾンや新興ビジネスモデルが、即日配達など次々に新たな挑戦をしてくる。オムニチャネルは、いわば「動く標的」。完成形が見えなくても、ECの配送と返品、店舗ピックアップ対応などの物流コストの増大に苦慮しながら、自社流の戦略的投資に取り組まねばならないからだ。

 そもそもオムニチャネルは、ネット販売急伸の脅威に立ち向かう「店舗小売業」の方策として誕生した。店舗でのハイタッチ(感性)情報やサービスを生かしながら、Eコマースの利便性と効率性(在庫と売場スペース削減)を獲得する狙いであり、これを、「顧客セントリック思想」と「デジタル技術活用」で実現するものだ。必須条件は、在庫の一元管理と精度、さらに可視化(販売スタッフや顧客が在庫の有無や場所を把握できる)であり、あらゆる面でのデジタル化を必要とする。

 オムニチャネルには、〝情報のデリバリー″と〝商品のデリバリー〟の二つの側面がある。後者はフルフィルメント、すなわち、「持ち帰り」か「配達」でわかりやすい。ここでは「クリック&コレクト(ネット注文・店舗ピックアップ)」や「他店舗からの宅配」などが拡大しており、ベンダーからの直送も始まっている。即日や1時間以内配達も一部で実施、ウーバーとコラボした即日配達もノードストロームなどが開始した。

 〝情報のデリバリー〟は、顧客が必要な情報(感性面も含め)を得ることだが、これは複雑で奥が深い。膨大な商品の中から個客が欲しいものを簡単に選べる手段、サイズ(フィット感)の精度、などの課題を克服するアプリやソリューション開発が進んでいる。購買履歴に基づくパーソナル提案も重要だ。

 ノードストロームでは、販売スタッフがなじみの顧客のスマホにテキストメッセージでお薦め商品を送り、顧客はBUYボタンで即発注できるアプリを実働させた。ハイタッチの店舗と在庫ミニマイズを両立させるショールーム化でもボノボスのような成功事例が出ている。

 オムニチャネルを支援するテクノロジーは今回も多数紹介された。ビッグデータ分析から、ICタグとセンサーによる売り場での在庫管理や顧客の動線の把握、人体や足形のスキャニングやサイズ対応、認知コンピューティングで顧客のニーズを聞き出すIBMワトソンのAI技術などなどだ。

 しかし、最大課題は企業文化の変革(企業中心から顧客中心へ)、および組織の改革(サイロ的組織をシームレスでオープンなものに)、そしてコラボレーションであると強調されたのも今年の特徴といえる。


■高速車線を行く起業家たち

 NRF大会では、毎年、気鋭の起業事例がプレゼンされる。今年は、XCR Labs(起業家のインキュベーター)から5事例、「ミレニアル世代対象のオンデマンド雇用システム」や、「3Dスレッディングによる、廃棄物ゼロの高級ファッション」などが紹介された。

 特に印象に残ったメンズウエアの起業、RFMを紹介しよう。創業者のジョン・レイノルズとケビン・フラミアは、身長が208㌢と190㌢の超長身アスリートで、ハーバード大学時代に「自分たち向けの格好いいジャケットやパンツがない」問題を痛感、14年起業した。

 

RFMの共同創業者J・レイノルズCEOとK・フラミア社長
RFMの共同創業者J・レイノルズCEOとK・フラミア社長

 

 

 ニッチサイズ狙いの起業は他にもあるが、注目したい点は、

①「自身の問題解決」という強い動機
②膨大なボディースキャンのデータ分析で現行のサイズ体系が実態に即さないことに注目、業界が無視する身長6フィート以上を、身長3サイズ、それぞれに胸囲3サイズ、計9サイズに設定したこと
③カスタムメードでなく少量の量産を地元のニューヨークで行うこと


――だ。販売はネットおよびアスリートのチームへの個別販売(ネット、SNS)で、デジタル技術をフル活用するものであり、今後の展開が楽しみだ。

 * * *

 ディスラプションが進む米国業界。その背後には、企業トップの危機感とデジタル・テクノロジーへの真剣な取り組み、「有能な人材」の争奪戦と、新規起業への注目がある。

 大学教育もより実践的になり、戦略的な起業を支援するインキュベーター機能に注力。XCR Labsはそのパーソンズ事例で、FIT(ニューヨーク州立ファッション工科大学)でも同様なプロジェクトが行政の支援も得て進行している。 

 日本の企業と教育機関の奮起を切に願っている。



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