パタゴニアの考える企業の責任とは?

2016/10/17 10:43 更新


 9月26日、東京ビックサイトで開催されたJFWインターナショナル・ファッション・フェア(JFW-IFF)内にて、パタゴニア日本支社の辻井隆行支社長によるセミナーが行われました。当日は立ち見が出るほど盛況で、講演後は名刺交換のために長い列ができました。好評だったセミナー内容を要約し、以下にご紹介します。

 

 

 


■ぶ厚いカーテンを透明に

 

 私たちは毎日モノを買います。その際に製品そのもののデザインや価格、サイズ、機能などはお店に行ったり、ネットで調べれば分かりますね。しかし、その製品がどこの誰によって、どんなこだわりで作られたか、その製品を販売している企業がどんなことを理念に掲げているのか、といったことは調べづらい世の中ではないでしょうか。

 もちろん、製品のスペック・機能が大事なことは間違いありません。しかし同時に、製品づくりの背後にある、こだわりや使命というものがますます意味を帯びてくる社会になってきていると痛感しています。

 今の社会は「製品」と、そうした「こだわり・使命」の間になんとなく、ぶ厚くて赤いカーテンがあるように感じています。そのカーテンを開けてみると、とても感動する素晴らしいストーリーを発見する場合があります。

 例えば、最近私が感動したのは、秋田の年輩の職人が作る、曲げわっぱの弁当箱のストーリー。それを知れば知るほど感動して「ちょっと欲しいかも」と思いました。一方で、カーテンの向こうに目を覆いたくなるような事実が隠されている場合もあります。

 これからはその赤いカーテンが無くなり、一連のことが透明性を持って見えるようになり、消費者がそのことを知って購入できるようになることが、大事だと思っています。

 

辻井氏
パタゴニア日本支社の辻井隆行支社長

 

■「環境負荷の低い素材を使う」というこだわり

 

 私たちパタゴニアは、1973年にカリフォルニアでスタートしたアウトドアアパレルブランドです。そもそもは、自然の中でなるべく動力を使わずに、人の力だけで遊ぶ「アウトドアスポーツ」を楽しむ方々を対象に、製品を開発し、製造・販売してきた会社です。

 厳しい冬山をフィールドにしたアルパインクライミングでは、製品の機能がクライマーの命にかかわってきます。例えば、ダウンジャケット。顎(襟)のデザインをあまり高くし過ぎてしまうと口を覆ってしまい、寒冷地だと自分の吐く息が凍結して凍傷になる場合もあります。逆に襟を低くすると冷たい空気がウェア内に対流しますので保温性が失われます。

 私たちがまず目指しているのは、こういう方々が安全に快適にスポーツに集中できる機能を備えた製品です。

 

講演風景その1
立ち見が出るほど好評だった辻井氏のセミナー

 

 そうした機能を備えた商品を作る上で、私たちには2つの大きなこだわりがあります。1つ目は、今地球上で手に入り得る、一番環境負荷が低い素材を使う、もしくは開発するということです。

 私たちは、1988年に米ボストンに直営店を設けました。ところがオープン数カ月後に、スタッフが体調不良になったんですね。頭が痛くなったり、呼吸器系の調子が悪い。すぐにお店を調べたら、換気扇が壊れていたことが分かりました。

 しかし、普通、換気扇が壊れても体調不調にならないじゃないですか? 不思議に思ってさらに原因を追究していくと、実は地下室に保管してあったコットンのTシャツから「ホルムアルデヒド」という物質が空気中に放出されていたことが原因だと分かりました。

 私たちは、コットンはナチュラルなファイバーだから、地球にも体にも良い素材だと思っていました。だから、びっくりしてすぐに、当時お取引のあったカリフォニアにあるコットン農場に行きました。そこで、すごく衝撃的なことがたくさん分かったんですよ。

 91年、92年当時のデータですが、コットンの耕地面積は地球上の穀物が使っている土地の1%に過ぎませんでした。にもかかわらず、全世界で使用されている殺虫剤の4分の1がコットンだけのために使われていたんです。害虫が多いからです。

 でも、私たちが一番びっくりしたのは、枯葉剤の使用です。コットンはコットンボールという綿花が最後にできて、それを収穫し紡いで糸にして、生地にしますが、紡ぐ時にコットンの葉っぱなど不純物が入っていると良い糸ができません。

 ですから、良質なコットンを作る際の強敵は、コットン自体の葉っぱなんです。そのため、当時私たちが行った農場では枯葉剤を撒いていました。主成分は、ベトナム戦争で使われ、問題となったものと変わらないものです。

 だから、コットン農場で働いている農家さんは、毒ガスマスクをして、仕事をされていました。私たちはこのことにすごい衝撃を受け、社内でいろんな議論をしました。従来のコットンを使い続けるのは問題ではないか、と。でも、当時パタゴニア製品の5分の1はコットン製品で、その原材料をすべて転換することはビジネスにとって大きなリスクでした。

 そして創業者のイヴォン・シュイナードは、すべてのコットン製品を、農薬や殺虫剤、枯葉剤を使わない育て方をしたものだけ使おうと決断します。それから2年後の96年春には、すべてのコットン製品をオーガニック栽培のコットン製に切り替えました。それから20年間、パタゴニアはコットンに関しては全て、オーガニックコットンを使っています。

 

オーガニックコットン決断

 

 ちなみに、一昨年のWHOの発表ですと、コットン農家で働いている方々が年間で2万人から3万人亡くなっています。これは農薬や殺虫剤、枯葉剤による病気だと考えられます。そして、300万人もの方が病気に苦しんでいらっしゃいます。

 こうした事実は、さっき申し上げた、ぶ厚く赤いカーテンの向こう側にあって、なかなか知ることのできない事実の一つです。ですので、そういったことを一つひとつ知って勉強したうえで、改善するというのが、私たちのこだわりです。

 

shutterstock_64410901
パタゴニアは96年から、すべての綿製品でオーガニック栽培のコットンを使用するようにした

■追跡可能なダウンのみ使う

 

 もう一つの例を挙げます。皆さん、冬になるとダウン製品を着られると思います。ダウンはご存じの通り、水鳥から採るもので、同じ比重で一番温かい羽毛は水鳥の首から胸にかけてあるものですね。そして、一番安くその部分の羽毛を調達するのは、水鳥が生きたまま羽毛をむしり取っていく「ライブ・プラッキング」という手法です。

 私たちはこういうことが行われないような管理をしていたつもりだったのですが、4年ぐらい前にヨーロッパの環境団体から「パタゴニアはウソをついている」と指摘されました。そこで、ハンガリーのサプライチェーンを一緒に回ってみました。

 水鳥の卵まで到達するには、七つの会社が入っているのですが、そこで分かったことは、意図的にライブ・プラッキングはしていませんでしたが、食肉の「副産物」として採られた羽毛と、ライブ・プラッキングで得られた羽毛とが途中で混じる可能性のあることが分かりました。そのため、それらが混じらない仕組みを、その後2年かけて作りました。

 それからガチョウについては、フォアグラ用にくちばしを切ってチューブを入れ、強制給餌によって肝臓を肥大させている場合が多く見られます。ですから、私たちはフォアグラ用の強制給餌も行われておらず、かつ、食用の副産物である水鳥の羽毛のみを使用し、それを追跡可能な仕組みを作りました。ですので、私たちは自分たちのダウンのことをトレーサブル(追跡可能な)・ダウンと呼んでいます。

 

天然ゴム使用のウェットスーツ
今秋からウェットスーツの素材を天然ラバーに変更

 

 さらにもう一つの例をご紹介します。私たちはもともとクライマーとサーファーが始めた会社ですが、ウェットスーツも作っています。ウェットスーツ業界は本当に長い間、石油由来のゴムに依存してきました。しかし今年の秋から、パタゴニアのすべてのウェットスーツの素材を天然ラバーに変更したんです。このことについてわかりやすいイメージの映像がありますのでご覧いただければと思います。

 

https://youtu.be/D1wCs4W20gw

 

 このように、環境負荷の低い素材にできるだけ切り替えていくことが、私たちのこだわりの一つです。

 

■作っている人も幸せに

 

 2つ目のこだわりは、人権に配慮するということです。

 13年4月24日に、バングラディッシュの首都ダッカ郊外にある縫製工場のビルが倒壊する痛ましい事故が起きました。海外のニュースソースによれば、5階から上が違法建築の8階建てビルに、4000人ぐらいの縫製労働者が働いていたそうです。

 事故前日となる4月23日に、ここで働いていた縫製労働者が――その多くは17歳から21歳の女性だったそうですが――、建物にひびが入っているのを見つけ、「もう働きたくない」と言ったそうです。ところが縫製工場の社長たちは「そんなに嫌なら働かなくていいが、そのかわり4月分の給料は払わない」と言いました。

 (月の後半である)23日ですから、給料がないとご飯が買えないし、子供を育てられません。仕方なく、翌朝も3000人近くの方がこの縫製工場にやってきました。そして、高層階に設置されていた大型のジェネレータを回し、3000台のミシンが動き出したとたん、5階から上が倒壊しました。結果として、1138人の方が生き埋めになり、亡くなりました。

 ここで働いていた方の時給は、だいたい時給で14セントから20セント。もし、私たちの産業や消費者が、「Tシャツは500円より480円方がいい」「480円より450円がいい」ということを言い続けると、多くの場合はサプライチェーンの上流に位置する遠隔地の誰かが不幸せになったり、命を落としたりしているのです。

 

自分が購入するものに対しては責任を負わないといけない。購買行動は投票と一緒

 

 僕はこういう構造自体は、21世紀の現代においては無くなったほうがいいと強く思っています。この事故のニュースを調べたとき、私自身、自分が購入するものに対して責任を負わないといけないし、大げさな言い方をすると、購買行動っていうのは投票と一緒だとすごく感じました。

 そして、ビジネス全体の持続可能性にとってとても大事なことは、「買っている人」「売っている人」だけではなく、「作っている人」も幸せになることだと思います。

 私たちは直営の工場を持っていませんので、世界中の色々なファクトリーに製品を作っていただいていますが、作っている人も幸せになるよう、パタゴニアではフェアトレードに取り組んでいます。

 パタゴニアでは、1回の発注量に対し基準に沿った「プレミアム」という金額をさらに上乗せしてお支払いしています。そうすることによって、本当にワーカーの皆さんが生活できる「生活賃金」を近づけていこうという努力です。

 しかし、そのプレミアムを工場の社長さんに払うと、もしその方が悪い人なら、ワーカーにきちんと渡さない可能性もあります。そのため、フェアトレードの仕組みではプレミアムをワーカーに直接お支払いする形式になっています。

 工場に労働組合があれば労働組合にお支払いし、組合が無い場合はそこで働いているワーカーの方々の口座に入金するのです。そうすると、ワーカーの皆さんは「そのお金を使って学校を建てる足しにしよう」とか、「社員食堂の衛星管理をもっとちゃんとしよう」とか、話し合いをしてくれるようになるのです。

 こうした取り組みを、20人近くいる本社の専門スタッフが担当しており、世界中の100ぐらいのサプライチェーンと、日々色々な話をしています。パタゴニアがプレミアムを払いたいと申し出ても、工場のオーナーが了解をしないと変わりません。

 しかし、私たちはまだフェアトレードを導入していない工場のオーナーとも付き合いを止めずに、取引の中で粘り強く交渉し、私たちの目指すような労働環境を一緒に作っていけるような働きかけをしています。

 ちなみにパタゴニアでは、まだ、すべての工場で100点を取れているわけではありませんが、素材や原料の調達元や製造工場をすべてウェブ上で公開しています。

 

フットプリントクロニクル
パタゴニアでは素材の調達元や製造工場を公開している

■「死んだ地球ではビジネスは成り立たない」

 

 これまで「環境に配慮する」「出来るだけ人権にも配慮する」という、パタゴニアの二つのこだわりを紹介しました。この二つのこだわりを持ちながら製品を販売し、私たちが実現したいと思っていることは、真剣に環境問題を解決したいということです。

 私たちがすごく影響を受けた方の一人として、デビッド・ブラウワー氏がいます。アメリカの「シエラ・クラブ」という環境団体のリーダーも務めていた方で、「死んだ地球ではビジネスは成り立たない」という有名なセリフがあります。

 日本では環境問題に触れると、「環境の人」とか「過激な思想を持つ人」と思われがちです。また多くの場合、「あの山を削ってリゾートホテルを作るか、山を保護するか」のように「経済」か「自然」かの2項対立的に語られることが多いと思います。

 しかし、今、私たちはそういうステージに留まっている場合ではないと思います。私たちの次の世代、そのまた次の世代がこれまで通り資源をたくさん使い、CO2を出しながらエネルギーを投入し、モノを作ってお金を儲けるというサイクルを、続けていくのかいかないのか、判断する段階に来ていると思っています。

 

Tシャツ1枚つくるのに2000リットルぐらいの水を使っている

 

 真水の話を例に挙げます。繊維産業にとって水はとても大事です。水がないとTシャツの染色も仕上げもできませんが、その真水は実は地球上に今、3%しかありません。地球上の水分の97%は海水だからです。

 3%の真水のうち、2%は地下水と氷山で、人間や他の動物がアクセス可能な真水は1%に過ぎないのです。その残り1%を、このままの経済モデルを発展させていけば、2050年には人間が7割使い切ってしまうと言われています。

 例えば、米グランドキャニオンを流れるコロラド川は、もう15年以上、ほとんど海まで到達していません。それどころか、海の100マイル手前でヘドロになり、それより下流はひび割れた地面がメキシコ湾までずっと続いています。理由は簡単で、雨や氷河がとけた水が川となり海に到達するスピードより、人間が使うスピードの方が早いからです。使い道は農業用水や工業用水も含まれています。

 今、Tシャツを1枚作るには、コットンの栽培、染色、仕上げなどで大体2000リットルぐらいの水を使っている計算になります。これが500円くらいで売られている。歴史を見ると、石油で戦争が起きましたし、現代ではレアメタルで戦争が起きていますが、将来的には水のために戦争が起きることも本当に現実的なように感じます。

 ですから、私たちは環境問題というものは経済と対立するものではなくて、経済のベースとして健全な環境があるという認識を早く持たないとマズイのではないかと思っているのです。

 

■ナイキが続いた

 

 パタゴニアの売上高は全世界でようやく1000億円が目前になっています。私たちは拡大を目指しているわけではないため、販路をそんなに広げてはいないのですが、伸びているのはおそらく、特にヨーロッパ、アメリカにおいては、さっき言ったカーテンの向こう側の出来事を知りたいお客様が圧倒的に増えていることが要因の一つだと思っています。

 アメリカにオーガニックやフェアトレードなどの商品を扱う「ホールフーズ」というスーパーがありますが、売り上げが伸びていますね。そういう潮流に、ちょうど私たちも乗ることができたと思っています。

 売り上げが上がると何が良いかというと、大企業が関心を持って下さります。例えば96年に全綿製品をオーガニックコットンに切り替えた際、最初にカリフォルニアの本社に来たのは、ナイキの経営幹部と素材調達の責任者でした。

 当初は、実際にオーガニックコットンに切り替えたことに懐疑的な見方だったようですが(つまり、オーガニックコットンを使うことはそれぐらいコストが高くなり、現実性が無いと当時は思われていました)、私たちのサプライチェーンを一緒に回った後にナイキさんが下した決断は、「コットン製品の1%をオーガニックに切り替える」ということ。それを約束してくれたのです。

 当時、ナイキさんの1%はパタゴニアの100%よりちょっと大きいぐらいだったはずですから、同じ数の農家さんが命がけでコットンを作らないで済むようになったわけです。


■直接的な働きかけも

 

 このようにビジネスを通じて環境問題を解決することを目指しているわけですが、こうしたビジネスの根本的なあり方を変えていくのはすごく時間が掛かることだと思います。そうした中で、色々な開発や公共事業によって不必要に自然が壊されることに対し、私たちは直接的に働きかけていく活動もしています。

 この先はちょっとアパレルやファッションに全然関係なくなりますが、ちょっとだけお付き合いいただけるとありがたいです。

 例えば、真水がなくなることへの脅威としてダムの存在があります。先ほど話題にあがったコロラド川にはパウエル湖という大きなダムが途中にあるのですが、実はダム湖の水は年間9%が蒸発しているそうです。なぜならダムは夏の7月と8月しか放流しないそうですから、年間10カ月はずっと蒸発し続けている計算になります。

 私はすべてのダムが悪いと思っていませんし、必要なものが多くあることも承知しています。戦後、国の復興と経済発展が最優先事項の時代に、公共事業が拡大していったのは自然なことだし、その恩恵を私自身受けており、すごく感謝しています。

 しかし、戦後70年が経ち、経済環境も変わったこの時代に、日本でこれまでと同じことをする必要があるのか、やり方をもう一回見直す作業が必要ではないかと思っています。

 今日本には高さ15メートル以上(建物で言えば5階建ての高さ)のダムが約2800あります。15メートル以下の河口堰などを含めると9万8000ぐらいあり、「治山ダム」や「砂防ダム」などを入れると100万近くもあるそうです。こうした中、今、日本ではまだ90基ぐらいのダムを新たに作る計画があります。そのうちの一つに、長崎県の石木ダム建設計画があります。

 長崎県佐世保市に「ハウステンボス」というテーマパークありますが、そこから電車で三つ南に行ったところに、川棚町という小さな町があります。その真ん中に川棚川という中規模の川が流れていますが、その河口から2キロ上流に行った場所に、「石木川」という小さな川が合流しています。

 この川に作られようとしているのが、石木ダムです。石木川自体は本当に小さく、一番広いところで川幅は10メートル弱、狭いところでは数メートルしかありません。そこに高さ55メートル、幅235メートルある大きなダムが作られようとしています。

 私は先ほども申し上げたとおり、すべてのダムが悪いとは思っていません。しかし、その一つひとつについて、人間が得るものと、失うものを「経済的な視点」「環境的な視点」「文化的な視点」「人権的な視点」で調べた上で、どうするかを決めたらいいと思っているのです。

 ただ、この石木ダムの問題は、長崎の地方に計画されている小さなダムかもしれませんが、私たち日本人がこれからの未来を考える上で大事なことが凝縮されているように感じています。

 

川150528-308
ダム建設が計画されている石木川

 

■石木ダム建設の必然性はあるか

 

 「佐世保市の慢性的な水不足を解消するため」として、1962年に石木ダムの建設が決まりましたが、それから50年間も建設は実現していません。こちらは佐世保市の水道局が出したグラフです(下記参照)。青線は水の需要の実績値で、赤線はダムができると需要がこれだけ上がりますという予測値です。

 佐世保市は今、人口流出で全国第6位の市町村ですが、この予測値に客観的な必然性があるのでしょうか? また、20年前と比べても家庭内で使用される洗濯機やシャワーの節水機能が高まっていますから、以前ほど水を必要としなくなっています。現在、一日当たりの実際の使用量は7万7千トンですが、県と市は11万トンぐらい必要になると言っています。

 

佐世保地区の給水量の実績と予測グラフ(出典:佐世保市水道局)
佐世保地区の給水量の実績と予測グラフ (出典:佐世保市水道局)

 

 もう一つの問題は環境面です。5月には蛍が3000匹ぐらい出るほど水の綺麗な場所ですが、単に感情的に綺麗というだけではなく、県や国が管理する希少種を掲載する「レッドデータブック」という本では、この地区に100種以上もいることが分かっています。ダムができると、それらが水の奥に沈みます。希少種がいなくなれば、生態系に影響が出ることは間違いありません。

 それから、このダム建設には540億円ものお金が使われようとしているのですが、そのうち350億円は佐世保市民が負担します。350億円を26万人の佐世保市民で負担するので、一人当たりに換算すると13万5000円になります。4人家族なら52万円です。

 水道に関して言えば、今後は上水道管の修繕費用も掛かってきます。日本の上水道管の多くは50~70年前に設置されているのですが、耐用年数は50年と言われています。今、徐々に漏れ出るところが増えてきていて、日本中の自治体で修繕費用のために財政が苦しくなっています。

 佐世保市も同様で、(送水したうちの)10.4%の水が毎日漏れているそうです。ですから、佐世保市民はダム建設費用に加えて、この水道管を直すお金もいずれ掛かってくるでしょう。そういうことも含めて議論されているのかが疑問です。

 

蛍
ダム建設予定地には希少な生物が多い

 

 さらに人権の問題もあります。ダムの建設予定地である川原(こうばる)地区には、今、13家族・54人が暮らしています。日本のダム史の中で、人が住んだまま強制的に作られたダムは一基もありません。

 先ほども言いましたが、21世紀の今日、誰かが利益を得るために、遠くの人が犠牲になるような構造は無くなったほうが良いと思っているのですが、まさにこれはダム建設自体が必要かどうかの議論が十分にされないまま、54人の住民が故郷を追い出されるという話になっているのです。

 昨年、既に4世帯の農地が強制的に収用されました。強制収用というのは、この事業について「国が必要な工事ならやりなさい」と認める(事業認可の告示がある)と、事業主の佐世保市と長崎県が強制的にその土地を収用できるというものです。

 住民が移転を拒否し続けていると、書面上でまず、所有権が移転されます。ある日、その方の土地が県のものになる。それでもそこに住み続けると不法侵入になりますから、県と市は、例えば「16か月で出て行ってください。お金は払いますから、早く家を探してください」と住民に伝えます。それでも住民が出ないと、今まさに沖縄・高江で見られるように、県知事のサインで機動隊が導入される可能性も否定できません。

 少なくとも26万人の佐世保市民が、本当にダムが必要かどうかを、透明性をもって議論し、大切な税金の使い方について、さまざまな可能性が検討されることが求められています。そんな議論がまき起これば、長崎だけでなく、例えば皆さんの故郷や、皆さんの大切な海や川や山が同じ危機にさらされたときに、すごく良いマイルストーンになると思っています。

 

風景
ダム建設の必要性が十分議論されずに、54人の住民の故郷が奪われようとしている

■広がる輪、広がる支援

 

 そこでパタゴニアではいくつかのアクションを起こしました。まず15年4月に外国人特派員協会で記者会見をしました。出席したのは、故郷を追われるかもしれない地権者2人と弁護士です。残念ながら在京の一般紙には取り上げられませんでしたが、長崎の新聞やスイス、ドイツのメディアが報道してくれました。

次に私たちは「意見広告」を新聞に掲載しました。私たちは何でも反対というわけではありません。「水が本当に足りないのか、必要なのかを考えましょう」と呼びかけました。

 

 

 (画像:意見広告) (キャプション=「失うものは美しいもの」というコピーが目を引いた意見広告)
「失うものは美しいもの」というコピーが目を引いた意見広告

 

 佐世保市内を走るバスで1年間、「ラッピングバス」もやってみました。「ダムが必要か、皆で考えましょう」と呼びかけたのです。実は佐世保市は、20年以上もの間、税金を使って、「どうしてもお願いします石木ダム」というようなメッセージの書かれたバスを走らせているんです。

 市民には、22年前の干ばつによって節水が200日続いたという辛い思いがあります。しかし、先ほど申し上げたように状況は変わっています。これをきっかけに、市民の間で冷静な議論が広がるといいなと考えています。

 

ラップ済側面
佐世保市内で1年間、ラッピングバスも走らせた

 

 そんなことをやっていましたら、色々な方と出会うようになりました。例えばリバースプロジェクトの伊勢谷友介さんや、音楽プロデューサーの小林武史さん、俳優・小説家のいとうせいこうさん、DJのロバート・ハリスさんなども、私たちと一緒にこの問題について考えてもらえるようになりました。

 その中のお一人である山田英治さんは、大手広告代理店にお勤めで、ずっとテレビコマーシャルを作ってこられた売れっ子プロデューサーです。彼は東日本大震災が起きたときに、自分が作ったコマーシャルが流れなくなったことにすごく悩み、「自分の仕事に意味があるんだろうか」と本当に落ち込んだそうです。

 彼が出した結論は、NPO法人「Better than today.」を立ち上げ、NPOの広告宣伝支援や社会改善活動などに取り組むこと。そんな彼と一緒に現地に行ったところ、「辻井さん、ちょっといろいろショックを受けたので、映画作ります」と山田さんが言うのです。

 それがこれからお見せする映像です。今日、僕は口で色々と現地のことをお話ししましたが、どんな場所なのか、どんな人が住んでいらっしゃるのかをこの映像『ほたるの川のまもりびと(仮)』を通じてご覧いただいて、終わりにしたいと思います。

 

https://youtu.be/Pp7aSKaMPj0

 

 先ほど言い忘れたのですが、実はこの映画はまだ完成していません。来年の2月か3月に劇場公開を目指していて、今、「A-port」というクラウドファンディングのサイトで資金提供を呼びかけています。

 サイトを見ると、今300数万円が集まっていて、企業協賛で100万円を入れて下さるところが現れたり、アウトドア靴ブランドのキーンジャパンさんが30万円入れてくださったりしています。

 ダム建設に反対する人というと、ヘルメットを被ってハチマキした過激派のイメージが強いですし、ニュースでもそんなシーンしか映りません。でも現地に行くと、めちゃくちゃキャラの濃いお母さんやお父さん、魅力的なおじいちゃん、おばあちゃん、可愛らしい子供たちがいて、本当にごく普通の方々なんです。そういうありのままの姿を知っていただきたいというのが監督の願いです。

 この願いはサプライチェーンにおいても同じ。品質や値段も大事ですが、同時にどんな人たちがどんな思いでモノを作っているかということに想いが及ぶような社会作りに少しでも貢献できたらいいなと思っています。

 また、もしご関心もっていただけましたら、ぜひパタゴニアのショップに足も運んでください。店舗スタッフはこうした話をするのが大好きです。お買い求めいただけなくても結構ですので、色々な話をぜひしてください。今日貴重な時間を頂戴しまして、本当にありがとうございました。

 

<あとがき>

 「CSR」(企業の社会的責任)というと、企業がビジネスで得た利益を使って、本業とは別の形で社会的責任を果たすこととして理解されることが多いと思います。しかし、パタゴニアの場合は、ビジネスを通じてその責任を果たそうとしており、他の多くの企業とはあり方が異なっています(実際、同社ではCSRとは言わずに、「CR=企業の責任」と呼んでいます)。

 セミナーでも触れられていましたが、途上国・第3国における貧困や先進国とのアンフェアなトレード、人権問題の根本原因は、サプライチェーンの下流部分、つまり発注側にある場合が多いと指摘されています。つまりは、発注する側の企業こそが取引の中で人権・環境面での社会的責任を果たすことが求められています。

 もちろん競争の激しい資本主義社会において、綺麗ごとばかりでは物事は進みませんし、工場主など利害関係者が何人もかかわる問題だけに簡単には解決はしません。しかし、アンフェアなビジネスを好ましく思わない消費者は確実に増えているし、いずれ多数派になることも予感できます。そういう意味では、パタゴニアは未来社会における企業のあり方の一例を、現代に示しているように思えます。(杉江潤平)

■長崎県による石木ダム建設事業に関するホームページ
■佐世保市水道局のホームページ
■石木川まもり隊のホームページ
■パタゴニア日本支社・辻井氏によるブログ

関連キーワードTHE BEST POST



この記事に関連する記事

このカテゴリーでよく読まれている記事