69年の法人化後、清水製作所は着実に成長を続けた。しかし創業者の清水孝祐は、OEM(相手先ブランドによる生産)だけに依存する企業では将来の発展に限界があると考えていた。爬虫(はちゅう)類革製品を中心に自社ブランド「プレリー」を展開していたものの、知名度はまだ高くなかった。企業としてさらに飛躍するには、多くの消費者に認知されるブランドビジネスが必要だった。
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ライセンスが転機
清水が着目したのがライセンス事業だった。当時の輸入ブランド品は価格が高いうえ、品質や供給面にも課題があった。一方、日本の高い技術力を生かしたライセンス生産なら消費者に受け入れられると考えた。
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